コロナ禍の卒業式

 1日に日高、紀央館、南部、3日には和歌山南陵と、日高地方の各高校で卒業式が行われた。コロナ禍になって2回目の卒業式。昨年は卒業式の直前で休校要請が出され、各校では緊急に対策を講じて実施したことを思い出す。依然として新型コロナの感染が心配される今年も、万全の対策の中、実施。入場時の検温や消毒をはじめ、マスク着用、来賓は出席せず、保護者も各家庭からの人数を制限しているところもあった。

 式の内容も異なり、校歌や国歌はうたわず、音声入りの曲を静かに聴いた。卒業証書授与では名前を呼ばれても返事はせず、壇上に上がって受け取る生徒の数も少なくした。来賓のあいさつなどがないためか、1時間もしないうちに終わった。

 筆者はいくつかの高校を取材したが、答辞ではやはりコロナ禍の学校生活に触れた。学校行事や部活動での大会など、高校生活の最後を飾るはずのさまざまイベントがなくなったことに悔しさをにじませた。

 イベントや大会がなくなったことももちろんだが、コロナは普段の学校生活にも影響を与えた。飛沫の防止へ常にマスクを着用せねばならず、また友達との会話も普段よりは制限がかかっただろう。

 コロナでさまざまな影響を受けた卒業生だが、答辞では代替大会や代替イベントを企画してくれた多くの人への感謝の気持ち、また何気ない日常がいかに大切だったかということに気付かされたと述べていた。

 高校最後の一年、コロナで失うものも多かったが、こんな時だからこそ得られたものもあったのだろう。まだまだコロナは続くとみられているが、卒業生たちにはこの一年で学んだ多くの感謝の気持ちを胸に、力強く前向きにコロナ禍の時代を歩んでほしい。  (城)

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