「恵方とは、ただこの道を」

 きょう2月2日が節分になるのは、明治30年(1897年)以来124年ぶりだという。「恵方巻」の風習は、近年になって関西から全国へ広まった。今年の恵方は「南南東やや南」だそうだ◆「恵方とはただこの道を進むこと」――高浜虚子。思わず背筋が伸びるようで、はっとさせられる句である。書家の弓場龍溪さんの本紙連載「弓庵ひぐらしうたかた記」1月分、「恵方とは」でこの句を初めて知った。年末年始に取り上げられることの多い「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」も虚子の句。いずれも力強い読みぶりで、心が惹きつけられる。その人となりに興味がわき、生涯を調べてみた◆高浜虚子、本名清。現在の愛媛県松山市生まれ、正岡子規と同郷。子規に俳句を教わって「虚子」の号をもらい、自身の短命を知った子規から「(文学上の)後継者になってくれ」と頼まれるが、断る。一時俳句から離れるが、無季自由律という新しい傾向の俳句が起こってきたことから「守旧派」を名乗り、伝統の俳句を守る決意を示して俳壇に復帰。その頃詠まれた句が「春風や闘志抱きて丘に立つ」。喜寿の年には若き日の自身に呼びかけるように「闘志尚存して春の風を見る」と詠んでいる◆日高地方とも関わりがあり、美浜町三尾の日ノ御埼灯台(旧)近くに句碑がある。「妻長女三女それぞれ啼く千鳥」。終戦の年、流行り病で妻と2人の娘を亡くした灯台長、虚子に師事していた内田稲人氏を思いやって詠まれた句である◆「ただこの道を進む」。強い心のままに一筋の道を歩み通せばそれが「恵方」となる。そのような道を見いだせれば、この上ない幸福であろう。眩しいような境地をうらやましくも思いつつ、とりあえずは南南東やや南を向いて、身の丈に合う巻き寿司を食べよう。(里)

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