秋の味覚のマツタケが減少

 味覚の秋。サツマイモ、ナシなどの果物が実り、サンマなどの魚も脂がのる時期。おいしい食べ物がたくさん出回る季節を迎えた。中でもマツタケは格別で、間違いなく秋の味覚の王様。しかし、近年は少なくなり、なかなか庶民の口には入らない。先月末、高野町周辺で採れたマツタケが市場の競りで1㌔当たり最高13万円で落札されたという▼50年ほど前まで日高地方でもたくさん採れた。10月の下旬から11月にかけ、マツタケ採取の権利を購入した山に家族や親せきと一緒にマツタケ狩りに行った思い出がある。多い日にはコンテナに何杯も収穫できたことを子どもながらに覚えている。その当時、親から言われた収穫の心得が「1本見つけたからと言って走って採りに行ってはダメ」ということ。理由は途中に生えているマツタケを踏んでしまう可能性があるからだ。それほど山にたくさん生えていた。小学生時代には給食にマツタケご飯が登場したこともあった▼マツタケは中国、カナダ、モロッコなどでも生えるが、世界的にも少なくなっているという。今年8月、野生生物の専門家などで組織されるIUCN(国際自然保護連合)が絶滅の恐れのある動植物を記載したレッドリストにマツタケを絶滅危惧種として加えた。庶民の秋の味覚としては手の届かない存在になったことは間違いない▼我が家では国産はもとより、外国産のマツタケも数十年は口にしていない。すでに食卓から“絶滅”した状態だ。毎年のことながら今年もマツタケ風味のお吸い物とキノコのエリンギを使ったマツタケご飯擬きを味わうことになりそう。本物が食べれるのはいつになることやら…(雄)

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