終わらざる夏2020⑦の下 花道柳太郎さん

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出撃直前、さくら弾機が炎上

極秘扱いで「知られざる特攻機」とも呼ばれたさくら弾機は、直径1・6㍍、重さ2・9㌧もある対艦爆弾「さくら弾」を備えた特攻機。爆発すれば前方3㌔、後方300㍍が吹っ飛ぶと想定されていた。機体は重爆撃機「飛龍」を改造、爆弾が収まりきらないため上部がこぶのように盛り上がり、軽量化のため計器類は必要最小限。機関砲や機関銃など攻撃防御装備は一切なく、さらに前頭部や尾翼はベニヤ板が使われ、燃料も片道分しか入れない。搭乗員の命はまったくかえりみられず、敵空母を一撃必殺するためだけに生み出された“人間爆弾”だった。

沖縄戦において、陸軍飛行62戦隊からは第1次特攻隊として4月17日に3機が鹿児島の鹿屋(かのや)基地を飛び立っており、大刀洗(福岡)からの第2次特攻隊は溝田機、福島機、古田機と花道さんが搭乗する工藤機の4機が編成された。出撃命令を待つ間も訓練は続いたが、さくら弾機はあまりに危険が大きいため訓練は許されず、操縦士の工藤仁機長を含め4人の搭乗員は一度も飛行することなく、まさかのぶっつけ本番となった。

5月22日、第2次特攻隊は二日市町(現筑紫野市)の温泉宿に宿泊、最後の休養をとった。翌朝、花道さんらがトラックに乗って飛行場に戻ると、自分たちのさくら弾機が見当たらず、大勢の兵士が走り回っていた。よく見ると、さくら弾機が真っ黒に焼けただれており、何者かが火を放ったらしかった。機体は使い物にならない。花道さんは「助かった。これでまた少し命が延びた」と心の中でつぶやいた。

夕方、花道さんら工藤隊の仲間の1人、通信士の山本辰雄伍長がさくら弾機放火の疑いで憲兵に逮捕された。ショックは大きかったが、花道さんはいまも山本伍長は濡れ衣だったと考えている。前日は二日市へ一緒に行き、ガソリンがなくタクシーもない時代に、灯火管制で真っ暗な夜道を歩いて飛行場まで行き、火をつけて戻ったとは考えられない。「私らさくら弾機の他のメンバーは1人も事情聴取を受けていない。それが第一におかしい」。朝鮮人だった山本伍長はそのまま戻ることなく、のちに、終戦の1週間ほど前に銃殺されたと聞いた。

またしても機を持たない隊となり、通信士を欠いて3人になってしまった工藤隊に翌24日、出撃命令が下り、翌25日朝、出撃することになった。機体は急きょ、訓練用のト号機があてがわれた。重爆「飛龍」に800㌔の爆弾を爆弾倉に1本と、胴体にも1本をワイヤーで縛りつけてあった。これもまた機銃などの武装は取り外され、完全な丸腰だった。

花道さんは兵舎で爪や髪を切って封筒に入れ、遺書を書いた。貧しい実家の足しにと所持金も全部入れ、「俺が帰ってこなかったら、これを送ってほしい」と戦友に託した。その夜、運命をともにする機関士の桜井栄伍長が訪ねてきた。桜井伍長は「ほかの人には言えないが、好きな女の子がいて、その子のおなかに子どもができた。死にたくない。行きたくない」と涙を流した。内心は同じ思いで眠れぬ夜を過ごしていた花道さんも、同じ境遇に苦しむ仲間の告白に少し安心できたという。

 

話さなければ歴史が消えてしまう

5月25日朝、食事を終えた花道さんが飛行場へ向かうと、出撃準備が整ったト号機が心地よいエンジン音を響かせていた。通信士を欠いて搭乗は3人になったが、航法士の花道さんが代わりに通信を担当することになり、その場で「突入」と「自爆」の暗号だけを申し合わせた。小野祐三郎戦隊長は隊員一人ひとりの手を握り、無事を祈る言葉ではなくただひとこと、「頑張ってください」と声をかけた。

午前6時、さくら弾機の溝田機が先発し、続いて花道さんら工藤隊のト号機が離陸した。熊本上空から沖縄に針路をとり、南下するにつれ、快晴だった空に雲がたち込め始めた。溝田機は3㌧もの爆弾を積んでいるため速度が極端に遅く、ト号機は同じ速さで飛ぶと失速してしまう。仕方なくジグザグに飛んだり、旋回しながら進んだ。やがて雨が降り始めた。2機は上空150~200㍍を飛行し、敵機動部隊を探したが、高度が低すぎて遠くを見通せない。速度を合わせるため旋回したあと、前方の雲間に見え隠れしていた溝田機を見失ってしまった。

工藤機長は花道さんに、那覇への針路を出すよう命じた。しかし、花道さんは機長命令で敵艦遭遇に備え、航法席から無線席に移動していたため、いまどこを飛んでいるのか正確な位置が分からない。急いで現在位置を推定し、変針時刻と針路を出して那覇に向かった。視界を確保するため低空で飛ぶと敵が見つからず、上昇すれば300㍍ほどで雨雲に阻まれた。機は本当に沖縄に向かっているのか。花道さんは「えらいことになった…」と自分を責めた。

いつまでたっても敵艦は見つからない。工藤機長は「ここで死んでは犬死にだ。もう一度燃料を補給して出直す」と決断した。さくら弾機に限らず特攻機の燃料は基本、片道分しか積まれなかったが、特攻に反対する戦隊長と整備兵の判断でト号機には往復できるだけの燃料が積まれていた。しかし、大刀洗への針路を求められた花道さんは、現在位置が確認できない。沖縄本島付近に来ていると判断し、北に向かって飛べば日本のどこかにたどり着くと考え、無責任ではあったが、「(北を示す)0度」と答えた。

飛べども飛べども、島影は見えない。工藤機長は黙って飛び続ける。出発の際、末期の水にと持ち込んでいた一升瓶の水はとっくに空になっていた。

じりじりと時間が過ぎるなか、小さな島が3つ並んでいるのが見えた。奄美大島の一部であってくれと祈った。しばらくすると、徳之島が見えた。これで現在位置を確認できた花道さんは安堵したが、今度は燃料補給できる飛行場を探さねばならない。桜井機関士は燃料を絞れるだけ絞った。タンクの警告ランプがついてもコックを切り替えず、エンジン音が変わってから切り替え、手動ポンプを操作して1秒でも長く飛べるよう努力を続けた。

工藤機長は種子島で燃料を補給し、再度、沖縄へ出撃するつもりだった。しかし、種子島の滑走路は短い。1・6㌧の爆弾を積んだト号機はどうしても滑走距離が延びる。万一爆発すれば、飛行場全体が吹っ飛ぶ。機長はやむなく、鹿児島南部の大隅半島にある鹿屋飛行場に目標を変え、花道さんに所要時間、桜井さんには残り燃料で飛べる時間を尋ねた。2人が出した数字はほぼ同じだった。機長は機首を鹿屋に向け、ト号機は燃料を使い果して鹿屋に不時着した。花道さんらは燃料を補給後、作戦を続行するため本隊に連絡を入れると、思いがけず大刀洗に戻れとの命令を受けた。

花道さんは任務を遂行できなかったふがいなさ、上官からどんな叱責を受けるのかという暗い気持ちでいっぱいだった。大刀洗に到着後、中隊長に報告するときは足がガタガタ震えたが、怒鳴られることはなく、「航空隊では気象状況などこのようなことはよくある。次の機会を待って頑張ってほしい。ご苦労さまでした」とねぎらわれた。死を覚悟した20歳の若者は命がつながったことよりも、上官の言葉でやっと生きた心地になれた。そのことが何よりも当時の価値観を物語っている。さくら弾を積んだ溝田機と福島機は、沖縄本島西の近海で戦艦と大型艦に突入の無線が入ったが、戦果は確認されていない。

花道さんに次の出撃命令がないまま、戦争は終わった。復員してからも自分が特攻帰りであることがばれると、親が「お前の息子は国賊だ」といわれる気がして、戦後約30年間、自分が元特攻隊員であることは誰にも話さなかった。父佐平さん、母シズさんはわが子の真実を知らないまま亡くなった。

その後、さくら弾機の放火事件を追うルポライターの取材を受け、「いま話さなければ歴史が消えてしまう」と説得され、沖縄の空に散った仲間や処刑された山本伍長のためにも話そうと心に決めた。以来、多くのメディアの取材に応じ、小学校や中学校を回って反戦、平和の尊さを訴える講演を行いながら、生き残った戦友とともに、戦隊長機が墜落した西筑波飛行場や山本伍長が処刑されたという福岡市の油山(あぶらやま)の現場を訪れ、冥福を祈った。

戦後、家業を手伝っていた花道さんは28歳のとき、日高郡矢田村(現日高川町)中津川出身で6歳下のトシ江さんと結婚。二男一女の3人の子どもをもうけ、日高町の職員として定年まで働いた。

75年前、自分はいくつもの偶然が重なり、死なずに済んだ。あの戦争で日本はたたきのめされ、世界の最貧国にまで落ちたが、戦後は国民が力を合わせ、砂をつかんで立ち上がった。いま、孫やひ孫の笑顔を見るたび、平和の大切さ、ありがたさが身にしみる。

人間を使い捨ての兵器にした特攻。表向きは全員が志願だったとされているが、花道さんは「完全な命令だった」と力を込める。その目には一点の曇りもなく、沖縄戦だけで3000人以上の若い命が失われた現実を語り続けている。(おわり)

この連載は、田端みのり、片山善男、上西幹雄、山城一聖、柏木智次、小松陽子、玉井圭が担当しました。

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