携帯電話の便利さを追求

 30年ほど前から携帯電話が普及し始めた。出始めの頃は500㍉㍑のペットボトルほどの大きさだったが、今では薄型でポケットに収まるサイズに小型化。指でタッチするだけで操作ができてしまう。現代人にとっては手放すことができず、忘れた時は不安になってしまうほど。普及する以前はポケベルが情報伝達に使われた。連絡があるとブザーが鳴り、相手先の電話番号が表示されるシステムだった。それから比べても飛躍的な進歩といえる▼文部科学省は、中学生が学校に携帯電話を持ち込むことを条件付きで許可する方針を決めた。普及率が上がっていることのほか、「登下校時の連絡手段に使いたい」という保護者からの要望が背景にあるという。これには賛否両論があるかもしれないが、筆者が中学時代の約40年前には考えることはできず、時代の流れも痛切に感じる▼人間は便利さを追求し続けてきた。昔は手で洗濯物を洗っていたし、ご飯もかまどに火をおこして炊いた。飛行機や車ができて短時間で遠くまで行けるようになった。今の時代が当たり前と思いがちだが、過去の苦労を知り、今ある便利さに感謝する必要がある▼携帯電話は今後も進化するだろう。将来の携帯電話がどのようになっているのかも気になり、インターネットで調べてみた。あるサイトによると、脳波を利用し、思っただけで操作ができるようになるという。どういう仕組みになるのか見当もつかないが、思ったことがそのまま活字化して伝達されてしまうと、操作音痴で建前で生きている筆者みたいな人間にとっては「それは本当に便利なのか?」と考えてしまう。(雄)

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