他人を理解すること

 先日、取材で防波堤に上った。地上5㍍ほどだろうか。高い所が苦手で、下りられなくなり、防波堤の上を歩いて戻った。防波堤の幅は50㌢もなく、岸までの距離は数十㍍。一緒にいた人に前を歩いてもらい、その人のくつを見ながら足を前に出した。下は右側が地面、左側は海。消波ブロックの間から水面が見える。途中ふらふらしながら、ようやく岸にたどり着いた。

 その後も足の震えは止まらず、吐き気もする始末。大げさかもしれないが、一緒に戻ってくれた方は、命の恩人と思えた。紙面を通じて感謝を伝えるとともに、緊張のあまり「ゆっくり!」「ちょっと待って」と乱暴だった言葉を謝りたい。高いところは昔から苦手で、観覧車には乗れないし、東京スカイツリーも中心の壁を見ながら、ぐるぐる上って下りただけ。取材先の施設で足がすくみ、スタッフに助けを呼んだこともある。

 話は変わるが、先日のテレビドラマで、アレルギーを持つ子どもがいじめられる描写があった。乳製品アレルギーを持つ小学生が下校時、クラスメイトから背中にチーズを入れられ、発作を起こして救急車で病院搬送。後日、父親が学校へ乗り込むが、担任教師は「ただの悪ふざけ」とごまかす。2018年9月、英・ロンドンで重度のアレルギーを持つ13歳の少年が、同級生から背中にチーズを入れられ、アレルギー反応でショック死するというニュースを思い出した。

 平気な人からすれば不思議だろうが、当事者はいたって真剣。からかい、いたずら、いじめでは済まない事態になる。周りの人は自分と同じではない。筆者を笑わず助けてくれた方のように恐怖心や恐怖症、アレルギーについても他人を理解する心がけを忘れてはならない。(笑)

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