災害文化を確実に実行

 今月5日の世界津波の日にちなみ印南町では4日、内閣府と共催で初の地震・津波訓練があり、講師に人と防災未来センター(神戸市)の河田惠昭センター長を迎えて「避難のために津波警報は必要なのか?~災害文化を育てる~」をテーマに防災講演会も開かれた。

 印象的だったのは、気象庁が災害の警戒レベルを5段階で発表するようにしたが、情報をいじることは無意味だと一蹴していたこと。事実今年10月、東日本に甚大な被害をもたらした台風19号の際には、全員避難を示すレベル4でも逃げなかった人が多かった。どれだけ回りから言われても、「自分は大丈夫」と思い込む「正常性バイアス」が働くからだそうで、この正常性バイアスを克服する必要があるという。

 ではどうすればよいのか。例えば地震の場合、津波が来るから逃げるという昔からある「災害文化」を確実に実行するだけ。特に和歌山県は「稲むらの火」で知られる旧広村(現広川町)の濱口梧陵の功績があり、津波から避難する災害文化が根付いているはずだと強調。「そのプライドを持って和歌山が津波防災のメッカにならなければならない」と指摘していた。

 ところが、実は印南町には稲むらの火をも超える独自の災害文化がある。その伝承の中心になったのが、印定寺に残る宝永南海地震津波記念碑で、津波から逃げることの必要性を伝えており、広川町では安政南海地震の死者が36人だったが、印南町では全員が避難し死者ゼロ、まさに世界に誇れる成功例がある。つまり、印南町民にとって地震が起きれば高台に逃げるのは当然の文化。その自覚とプライドを持って災害に備えてほしい。(吉)

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