日高番傘川柳会の塩路さん巻頭作家に

 日高番傘川柳会会員の塩路とみ子さん(85)=御坊市島=が、番傘川柳本社の「川柳番傘」誌9月号で巻頭作家に選ばれた。35年前から川柳を始め、7年前から本社に投句していた。巻頭作家となったのは3年前に続いて2度目で、川柳番傘誌を手に「光栄です。とてもうれしい」と喜んでいる。

 塩路さんは1984年、当時の「御坊ひがさ川柳会」に入会して川柳を始めた。93年に現在の日高番傘川柳会に入り、2012年から本社に誌友として投句。毎月6句を送るも、審査が厳しく、4句掲載されればいい方で、大抵2、3句しか載せてもらえないという。選者に巻頭作家として選んでもらえれば、誌友の部のトップに6句すべてが掲載される。塩路さんは16年、「しっかりと老いも病も受け止める」「幸せは片手に握るだけでよい」「恋挽歌意中の人も老いている」などの6句で初めて巻頭作家に選ばれた。

 今回は、「外された梯子に未練などはない」「ふる里へもう戻れない枯落葉」「当選後下げた頭が高くなる」「ぐっすり眠る明日は笑顔でいたいから」「青春を忘れて生きた戦中派」「過ぎ去れば苦労話は花になる」の6句で2度目の巻頭作家となった。選者は、番傘川柳本社副幹事長で川柳会の重鎮、森中恵美子さん。

 塩路さんは「今は体が悪くあまり外へも出られないのですが、川柳はほぼ毎日2、3句は詠んでいます。巻頭作家は二度はないと思っていましたので、うれしさで胸がいっぱいです。森中先生は以前から尊敬しており、選んでいただいてとても光栄です。これからも私なりに、せかずあわてず、川柳と仲良く暮らしていこうと思っています」と、掲載誌を手に喜びを話している。

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