皇學館大の遠藤教授 御坊で宮子の実像語る

 宮子姫顕彰会(吉田擴会長)主催、「梅原猛先生追悼記念 宮子姫忌・宮子姫講演会」が14日、御坊商工会館で開かれ、皇學館大学教授遠藤慶太さんが「藤原宮子 伝説と実像」をテーマに語った。今年1月に他界した哲学者、梅原猛氏を偲んで開催。氏は著書「海人と天皇」で道成寺創建にかかわったとされる宮子姫の伝説を全国に知らしめた。講演では「続日本紀」等の史料をもとに、聖武天皇の生母として歴史に残る「藤原宮子」の実像が詳細に語られ、来場者は伝説とは違う面から見た「宮子姫」の生涯について興味深く聞き入った。

 宮子姫は、「続日本紀」では藤原不比等の実の娘「藤原宮子」として登場。文武天皇の夫人となり、大仏建立など仏教を厚く保護したことで知られる聖武天皇の生母となった。出産後は36年も聖武天皇と会うことはなく、再会がかなった時は国を挙げて祝福された、と「続日本紀」には記されている。

 遠藤さんは、宮子が登場する箇所を紹介しながら詳しく解説していった。「僧玄昉によって、生母宮子と聖武天皇の36年ぶりの対面が実現した」という部分については、「大陸の新しい知識を持った僧侶。カウンセリングなどによって宮子を回復させ、感動の再会が実現したのでは。私はここを読むと、家族の悩みを抱えながら国を率いていた聖武天皇のことを思い、いつも胸がつまります。当時は疫病も蔓延し、何人も家族が犠牲になっていた大変な状況でした」と話した。その後、宮子は「国母」として大切にされ、亡くなる前には病気平癒を祈って「大赦」が行われた。亡くなったのち、一周忌には国を挙げての法要と800巻もの写経が行われた。また、史料と当時の地図を照らし合わせると、宮子は「中宮」と呼ばれ、聖武天皇のすぐそばに住まいがあったとわかることも紹介。「さまざまな資料は、宮子が子の聖武天皇に母として大切にされていたことを物語っています」と語った。

 道成寺に伝わる「宮子姫伝説」を紹介した「海人と天皇」については、「事実かどうかは置いても、この伝説を紹介した梅原先生の、一人の女性の運命に心を寄せた温かい心が一般の読者を魅了し、共感が広がった。これは先生の大きなご功績」とたたえた。

 講演後、道成寺の小野俊成院主があいさつ。梅原氏、宮子姫のイベントを数多く企画して盛り上げた故古久保恭一氏を悼み、「宮子姫の物語を、ふるさとの伝説として多くの人に語っていただきたい。伝説にはたくさんの歴史が埋もれており、それを解明することは私達の生活のうるおいになっていくと思います」と話した。

写真=歴史資料に残る「藤原宮子」について語る遠藤教授(14日・御坊商工会館で)

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