知ることから生まれる郷土愛

 地域の歴史に関する講演会を、2日連続で取材した。御坊文化財研究会の例会では「会津藩兵の紀州落ち」、日高郷土学では「寺内町御坊の生い立ち」がテーマ。戦国大名などドラマチックな歴史物語も好きだが、自分の住む土地の歴史はまた格別の面白さだ◆会津藩兵の話で驚いたのは、落ち延びてきた兵士の人数の多さ。鳥羽伏見の戦いでは幕府軍1万5000人が薩長軍に敗れる。そのうち1万人が御三家の紀州藩を頼ってきたという。資料によって5000人から1万人まで幅があるそうだが、数字がはっきりしないこと自体、当時の混乱を示しているような気がする。兵士達は紀三井寺、和歌浦、加太から逃がされ、日高地方へは加太から小舟89艘(そう)に乗って実に1858人がやってきたという。地元の人々にとっては大変な騒動だったのではないか◆「御坊の生い立ち」の方にも驚きの数字があった。御坊の名の起こりとなった本願寺日高別院が現在地に落ち着くまでには変遷があり、美浜町吉原にあった「吉原坊舎」が秀吉の紀州攻めで焼失。「薗坊舎」に移ったが手狭で、紀伊国主の庇護で今の場所に「日高坊舎」を建立。本堂落慶まで、実に35年の歳月がかけられたという。人生100年時代の今とは違う。70年生きることが希だった時代の35年だ。一大事業だったのだろう。また、「日高別院」の名は明治になってからで、江戸時代は「日高坊舎」という名だったから「ごぼうさん」と親しまれた、と初めて知って腑に落ちた。薗の地名の由来も心に残った。吉原坊舎のあった頃、そこから東側をみると一面菜の花の花園だったという◆歴史には大なり小なりの驚きと感動がある。小さな驚きの連続は、土地への興味と愛着をつくる。昔を知ることが、未来をつくることにつながる。(里)

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