村民に脈々と伝わる人間愛
- 2019/5/16
- 日高春秋
太平洋戦争末期の1945年に田辺市龍神村殿原地区に墜落した米軍爆撃機B29搭乗兵の冥福を祈る慰霊祭がことしも惣大明神で行われた。地元民ら約100人が列席して焼香。大應寺の松本周和住職(71)が読経し、新宮市在住のカトリック教会神父のカレン・シェームスさん(77)が祈りを捧げた。第1回は戦時中だった1945年6月9日に行われているため、ことしで75回目。
地元の郷土史研究家の古久保健さん(81)によると、日本の戦闘機紫電改に撃ち落とされ、搭乗兵11人のうち、7人が死亡。残りの4人は捕虜として捕らえられ、3人が処刑、1人の行方が分からないという。
墜落後すぐに住民が遺体を回収して埋葬。捕虜のうち2人は殿原小学校近くの施設に入れられたが、「武器を捨てた兵士に罪はない」とタバコやおにぎりを与えたという記録もある。戦後の1947年には慰霊碑も建立された。費用は6470円。当時の上山路村の村長の年俸が2000円程度だったことを考えると多額である。除幕式にも7万円という莫大な費用を費やしたという。時代背景を考えると、こうした行為には批判もあったはずだ。しかし、村民にはそれに対抗するだけの命を尊ぶ心が存在していたのだろう。
慰霊祭で語り部の古久保真介さん(56)は「戦争の悲惨さを風化させることなく、二度と戦争を起こしてはならないという思いを、後世に語り継がなければならない」と語った。それは殿原区がB29の墜落で犠牲となった米兵に関わってきた歴史そのもので、途絶えてしまうことなどはあり得ない。村民たちの人間愛が証明している。(雄)