故郷をつくるのは人や思い出

 1年半前、夫と飼い猫と大阪から日高川町の実家にUターンした。大阪では、高校を卒業してから22年余り暮らし、気がつけば地元で過ごした年数を上回っていた。地元に戻ってみて「私って、こっちのこと何も知らんなぁ」とよく思う。考えてみれば、18歳までの社会は、家と学校、友達、近所の人ぐらいで、そこで情報が止まっている。日高地方の情報が集まって来る新聞社に就職していなかったら、もっと知らないことだらけだっただろう。地方新聞は、U、Iターン者にも貴重な情報源だと実感する。

 帰郷してすぐのころ、朝ランニングをしていたら、母校の中学生が通学する時間と重なった。何人もとすれ違ったが、皆「おはようございます」とあいさつしてくれた。大阪では考えられない光景なので忘れていたが、「そうだ、そうだ、そうだった」と自身が中学生のころを思い出したりして、今も気持ちよくあいさつしてくれる子たちをうれしく思った。ランニングをしていると、そんなうれしい発見に出会える。車だとあっという間に通り過ぎてしまう場所をゆっくり見ながら走ったり、懐かしい旧道を選んで通ったりして、きれいな空気を思い切り吸い込んだとき「帰ってきてよかった」と思う。

 離れていたとはいえ、車で1時間の距離に住んでいたから、「故郷」なんて単語を使って大げさに考えたことなかったが、単なる場所ではなく、懐かしい人や思い出があるから「素敵な故郷」になるのだと、帰郷して改めて感じる。一緒に引っ越してきた生まれも育ちも大阪の夫にとっても、いつか第二の故郷と思ってもらえるような毎日を過ごしていこう。記者としても帰郷者目線で、U、Iターンを検討する人が「ここを故郷に」と思えるような情報を発信していきたい。(陽)

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