ニワトリは一度だけ飛べる( 重松清著 朝日文庫)

 人情ドラマを現代的な目線で描く傑作を次々に発表している重松清が十数年前に週刊誌で連載しながら単行本化されなかった「幻の作品」が先月末、単行本を飛び越して文庫化されました。
 内容は「とある冷凍食品会社の内部告発事件をめぐるささやかなゲリラ戦の記録」であり、「関係者を刺激し、単行本化は見送った」そうなのですが…。
 物語 大手の食品会社に勤務する酒井裕介。専業主婦の妻、小学生と中学生の2人の息子と一家4人、20年のローンが残るマンションで暮らしている。平凡だが穏やかな毎日が辞令一つで一変。転勤の話にうなずかなかったばかりに、左遷部署「イノベーション・ルーム」に回されてしまい、仕事など何もないのに外出も許されないという味気ない日々を送る。
 上司は、無気力でニコリともしない江崎室長。同僚は、やる気満々だが社の主流から外れ、煙たがられている羽村。そして大阪支社から飛ばされてきた新人の中川は、空気を全く読もうとせずマイペースに自分の権利を主張する。
 家族に左遷の事実を伝える勇気がなく、それまで通り重要なポストに就いているふりをしながら無為な日々を過ごす裕介のパソコンに、謎のメールが届いた。件名は『ニワトリは一度だけ飛べる』。
 ニワトリは本来飛ぶことができるが、翼の力が弱く体が太っているので、空を飛ぼうとすると心臓に負担がかかって死んでしまう。本能で普段は飛ぶ意思に鍵をかけているが、絶体絶命のピンチに陥ると鍵が外れて一度だけ飛べるのだという。
 その後も、しばしば同じ主からメールが来た。裕介たち3人を「オズの魔法使い」のキャラになぞらえている。羽村は知恵のないカカシ、中川は心のないブリキの木こり、そして裕介は勇気のない臆病なライオン。メール主は一体、裕介に何を求めているのか。
 羽村や中川が抱える心の闇や深い事情を知った裕介は、社内に渦巻いていた、社員に犠牲を強いる陰謀を察知。中川がその犠牲になろうとしている。
 臆病なライオンである裕介は、なけなしの勇気を奮い起こし、「一度だけ飛ぶ」ことができるのか…。
 冷凍食品会社の内部告発事件といえば、2000年代に食肉産地偽装など相次いで起こっていましたが、それらが直接のモデルになっているわけではないようです。
 むしろ「現代の寓話」として、働く男の覚悟を問う内容になっています。会社の陰謀が明らかになっていく下り、謎のメールの主「ドロシー」が姿を現す場面、無気力で嫌な上司だった室長の変貌など、読者の興味を誘いながら話を先へ進め、組織の中で戦うことの意義が語られます。現代社会への問題提起としても読むことができます。

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