海老蔵から団十郎へ

 「成人の日」の朝、テレビに歌舞伎役者市川海老蔵のアップが映った。慌てて画面に向き合い、「来年5月、十三代目市川団十郎を襲名する」と告げるのを聞いた◆歌舞伎ファンになってからことしで20年、海老蔵の舞台を見たのは2回。京都南座での坂東玉三郎との共演「義経千本桜」、大阪松竹座での父である十二代市川団十郎との共演「勧進帳」。この時は団十郎の芝居に魅了された。その人が場に現れるだけで空気が変わる。腕を大きく動かすと、存在の大きさが視覚を超えて直接心に響いてくる。海老蔵の涼しげな富樫よりもただただ団十郎の弁慶に圧倒され、その姿、所作を目に焼き付けようとひたすら見つめていた◆その後、海老蔵は騒動を起こし、数カ月間の謹慎。謹慎が明けてからの「勧進帳」をテレビで見た。その富樫は、松竹座の舞台で観た富樫ではなかった。存在感、芝居のキレ、味わい深さ、すべて団十郎の弁慶を向こうに回して引けをとらない。若々しい姿の底からにじみ出てくる、「富樫」としての存在感。謹慎前とは明らかに違う。この人は役者として一つ上の段階へ上ったのだなと、強く思った◆それから8年。偉大な父、最愛の妻との死別という大きな悲しみをも経て、歩む先に歌舞伎界最高の名跡がある。歴史の大きな流れ、その重みを全身で自覚しながら果敢に先へ進もうとしている人が、同時代に生きている◆歌舞伎の歴史の中で、いまのように役者の何もかもが世間の人の目にさらされる時代はなかった。そんな中でありのままの自身を見せて状況と闘ってきた強さが、十一代市川海老蔵という役者にはある◆あと1年余りのちに誕生する、十三代市川団十郎。歴代の中でもひときわ強い光を放つ、大きな役者となっていくことだろう。(里)

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