日高看護専門学校で骨髄移植経験者ら講演

 御坊市の日高看護専門学校は18日、3年生の教科外活動として学外講師の講演会を開き、骨髄移植経験者ら2人の話を聴いた。移植経験者は有田川町に住む男性で、23年前に発症した白血病を血縁者間の骨髄移植と薬物療法で克服した壮絶な闘病体験を語り、もう1人の堺市の女性は母親を白血病で亡くしたあと、ドナー登録をして10年後に提供できた経験を話した。

 3年生は25日から最後の実習が始まる。今回は県の紹介で公益財団法人日本骨髄バンクの語り部派遣事業を活用し、骨髄移植経験者として有田川町修理川の無添加食品宅配業を営む上前喜彦さん(48)、骨髄提供経験者として堺市の歯科衛生士下井戸恵さん(37)に話を聞かせてもらった。日高地方での骨髄バンク語り部派遣事業は今回が初めて。

 上前さんは25歳で急性リンパ性白血病を患った。妹の骨髄を移植し、5回にわたる抗がん剤投与、約1カ月間の無菌室治療を経て退院。治療前、主治医からは5年後の生存率が1割程度、骨髄移植がうまくいっても2割から3割程度といわれた。

 全身の免疫力が落ちる抗がん剤治療を何とか乗り越えたあとも、無菌室では拒絶反応により肝臓と腎臓が一時機能不全に陥った。「体が弱っていくのを感じ、病気よりも治療で死んでしまうと思った。もし再発しても、もう絶対にあんな治療は受けたくない」という。

 病気になったときは運命を呪い、怒り、悲しみに暮れたが、現在はミュージシャンとしても活動しながら、「自分が世の中に必要な人間なら生きていられるだろう」と吹っ切れた。そんな価値観に出合え、生き方を前向きに変えてくれた喜びの方が大きい。学生たちには「患者にもいろんなタイプの人がいます。医療の技術や知識だけでなく、人(患者)を知ることも大切だと思います」と語りかけ、最後にピアノの弾き語りで中島みゆきの「糸」と賛美歌の「アメイジング・グレイス」を披露した。

 下井戸さんは19歳のとき、母親が白血病になった。骨髄移植のドナーをさがしたが見つからず、4年後に自分がドナーとなって末梢血幹細胞移植を行い、母親は回復して退院したが、約2年後に全身にがんが転移し、亡くなった。2年後、骨髄移植のドナーとなり、10年ほどたって適合者が見つかった。

 「母が病気で亡くなり、父も姉も私も、家族全員がうつ病のようになった。私はそんな患者と家族を何とか助けたいという思いでドナーになったが、皆さんに登録をお願いするつもりはありません。人が1人亡くなるということは、こんなにも家族や友人ら周りの人を変えてしまう。患者さん一人ひとりに多くの人の命がかかっているということを忘れないで」と呼びかけた。

写真=中島みゆきの「糸」をうたう上前さん

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