小泉選手 春連覇に喜び爆発

 第90回記念選抜高校野球大会は4日に決勝が行われ、大阪桐蔭(大阪)が智弁和歌山に5―2で逆転勝ち、36年ぶり史上3校目の春連覇を達成した。日高地方の中学硬式野球チーム出身者がベンチ入りする近畿勢同士の対決。大阪桐蔭の小泉航平選手(3年、和歌山日高ボーイズ/マリナーズ・河南中出身)は無安打に終わったが、投手を好リード。終盤には四球から決勝の生還を果たすなどし、優勝が決定すると歓喜の輪の中心で喜びを爆発させた。
 大阪桐蔭は4回、無死満塁から敵失で1点を返したあと、8番、捕手で先発の小泉選手の二ゴロ併殺の間に試合を振り出しに戻した。同点で迎えた7回、先頭・小泉選手がストレートの四球を選び、バントと宮崎の左前適時打で勝ち越しの生還。8回は2点を追加し、試合を決めた。小泉選手は2打数無安打も、速球と切れ味鋭いスライダーが武器の根尾を好リード。猛打の智弁和歌山に最後まで的を絞らせなかった。
 智弁和歌山は4回に東妻の左前2点適時打で先制。先発・池田が6回3分の0を3失点と好投したが、7回無死一塁から登板したエース・平田が準決勝熱投の疲れもあってか、このピンチをしのげなかった。平田は8回に2失点。3番手・根来が後続を断ったものの、自慢の打線が6安打に封じられて及ばなかった。地元チーム出身者では、いずれも紀州由良リトルシニアOBの西川晋太郎選手(2年・保田中出身)が2番、遊撃、高瀬宗一郎選手(3年・由良中出身)が7番、二塁でそろって先発出場。西川、高瀬両選手とも2打数無安打に終わり、高瀬選手は6回で交代した。
 小泉選手は全5試合、スタメンマスクをかぶり、18打数5安打4打点でチームの優勝に貢献。とくに準決勝の三重(三重)戦、1点を追う9回1死一、二塁の場面で右前へ放った起死回生の同点打が光った。御坊市塩屋町北塩屋の父・小泉尚志さん(48)、母・みちるさん(48)は全ての試合を甲子園で観戦。尚志さんは「大阪桐蔭のモットーは『一球同心』で、部員41人みんなで戦った結果だと思います。感無量です」と喜びを表し、「準決勝は左ひじを痛め、スイングも満足に出来ない状態だったらしいのですが、その中でよく打ってくれました。守備の要の捕手を守らせてもらい、大変ありがたいこと。本人も試合後に『おめでとう』と声をかけたら、うんうんとうなずいていました。夏もまず予選を勝ち抜き、春夏連覇へ頑張ってほしい」と話していた。
 智弁和歌山に仁坂知事コメント 仁坂吉伸知事は4日、選抜高校野球のコメントを発表。「あと一歩のところで紫紺の優勝旗を逃しましたが、決して諦めることなく一生懸命ボールに食らいつく姿は県民に多くの感動と勇気を与え、全国に『野球王国・和歌山』をあらためてアピールすることができたことに心から感謝しています」と準々決勝、準決勝の2試合連続で劇的な逆転勝ちを見せたナインの健闘をたたえた。

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