3町の枠を越え観光も

 二十数年前に由良町を担当していたころ、海岸線の県道御坊由良線は狭くて急カーブのところが多く、車で走るのは非常に不便だったが、当時は県が海岸線ルートを「キララ・ときめきロード」として整備促進。多額の予算を投入して2車線化を進めていた。そのおかげで一部改良できた区間もあり、特に白崎の美しい白い岩山が望める大引や黒島、スヌーピー島(十九島)が見える衣奈から戸津井までの区間は、車で走っていて気分爽快。ところが、県道整備に優先順位があるため、海岸線道路の整備は後回しとなり、現在も改良できていない部分が多く残る。
 しかし、特に美浜、日高、由良町には美しい景観が広がり、煙樹海岸や産湯海水浴場、温泉館、白崎海洋公園などの誘客施設がある。三尾ではアメリカ村再生事業も進められており、将来的にはこれらの拠点施設を結ぶ観光ルートも構築できる。現在のように県道が狭く不便なままでは、誘客の効果が十分に発揮できない。もちろん海岸線道路は観光面にだけ必要というわけではないが、地方創生のまちづくりを進めるうえで、観光にも期待したい。
 そんな中、この紙面でも紹介しているが、3町がスクラムを組んで海岸線道路の整備を促進していくことになった。これまで停滞気味だった海岸線道路の改良がよりスピーディーに進むよう願っているが、それだけでなく3町が協力することの意義は大きいのではないだろうか。というのは、観光の広域連携が叫ばれて久しいが、なかなかうまくいっていないのが現状。この協議会をきっかけに、今後は観光面でも町の枠を越えた連携をみせていただきたい。(吉)

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