会津と御坊の心温まる歴史

 1890年、串本沖でトルコ(当時はオスマン帝国)の軍艦エルトゥールル号が遭難した際、串本町の住民たちが総出で救助と生存者の介抱に当たったことはあまりにも有名である。日本とトルコの友好関係はずっと続いており、1985年のイラン・イラク戦争ではトルコ航空の恩返しのおかげでイランを脱出できないでいた多くの日本人が救われることにつながった。和歌山県民として誇るべき歴史の一つである。
 エルトゥールル号遭難より22年前の1868年1月、御坊でも人情にあふれた物語があったことをつい最近知った。鳥羽伏見の戦いに敗れた会津藩士たちが由良や御坊などに落ち延びた際、傷ついた多くの落ち武者たちを介抱したのである。けがで血だらけ、ひん死の者もたくさんいただろう。1800人以上ともいわれる落ち武者がまちをうろうろしているだけで異様で恐ろしい光景だったと想像できる。まして「厳重に戸締まりをして落ち武者を入れないように」とのお達しが出ていたにもかかわらず、当時の小松原村の旅人宿「中屋」では、多くを招き入れた。困っている人を放っておけない気質が伝わってくる。
 中屋で看病を受けた中の一人に、会津藩を率いていた山川浩がいた。のちに明治政府の高官を務めた山川は恩を忘れず、20年後には中屋を営んでいた中野家を訪れて会津塗の椀などを贈り、交流を続けた。中野家は近く、所有する椀や大皿などを会津に寄贈する方向で調整しており、150年前の御坊と会津の交流の歴史が、再び脚光を浴びようとしている。150年前の人情、そしていまも御坊の住民に受け継がれている「人のために」の心に触れ、温かい気持ちにさせてもらった。      (片)

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