日の岬でクヌッセン機関長殉難60周年式典

 海の勇者として知られるデンマーク人のヨハネス・クヌッセン機関長の殉難60周年記念式典が10日、美浜町三尾、日の岬パーク内にある機関長の胸像前で行われた。関係者ら約70人が出席する中、記念事業実行委員会実行委員長の森下誠史美浜町長はあらためて機関長の遺徳をしのび、国境を超えた人類愛の次世代への継承へ決意新た。「愛と勇気、永遠なれー」と大きなかけ声とともに出席者と一緒にバルーンリリースも行った。
 県、御坊・美浜・日高の3市町、美浜・日高両商工会と、御坊・御坊南・御坊東ロータリークラブ、御坊・御坊中央ライオンズクラブなどの関係機関で記念事業実行委員会を組織し、式典を開催した。森下町長は追悼の辞で7月に機関長の生まれ故郷、フレデリクスハウン市のビアギッテ・ハンセン市長と美浜、日高両町の3者で「友好提携に関する覚書」を交わしたことなどを紹介したうえで、「あなたが私たちに教えてくださった、国境を超えた勇敢な行為、勇気、そして愛を大切に守り、次世代に伝えていくことをお誓い申し上げます」とあらためて決意を表明。来賓のあいさつでは下宏副知事が地域の機関長の遺徳顕彰活動に敬意を表し、「クヌッセン機関長の勇気はいまに生きる我々にも通じるものであり、これを機に次世代を担う若者に継承していくことで(両国の)友好関係がさらに強く結ばれていくことを期待しています」と述べた。
 ハンセン市長から「和歌山県民とフレデリクスハウン市民との友好関係に大いなる感謝を込めて、ヨハネス・クヌッセン機関長を追悼します」とのメッセージと花束が届けられていると報告があったあと、出席者が花束や機関長が好きだったというキンセンカを胸像に手向けた。献花に続き、機関長の人類愛を啓発する活動の一環として、出席者全員が秋空へ真っ赤な風船をリリース。最後に松本秀司日高町長が「今後もクヌッセン機関長の勇気と優しさを忘れず、後世に伝えていきたい」とあいさつした。
 バルーンリリースは式典と同時刻に美浜、日高両町の5小学校でもあり、内原小では全児童273人がグラウンドに集合。一斉に風船を飛ばした。この日の朝、全校集会で山口謙校長が機関長の遺徳を紹介しており、6年生の愛須隆聖君は「命を救おうと嵐の海に飛び込んだクヌッセン機関長はすごい人だと思います。これからもデンマークとの交流が続いていけば」と話していた。
 クヌッセン機関長は昭和32年2月10日、日ノ御埼沖で火災を起こした日本の木材運搬船を発見。悪天候のなか救助に当たり、海に落ちた日本人の船長を助けるため飛び込んだところ、荒波にのまれて亡くなった。機関長が亡くなって3日後の13日、美浜、日高両町や関係機関で遺徳顕彰会が発足し、毎年、命日に合わせて慰霊献花の集いを開催。機関長の遺体と救命艇が発見された日高町の田杭区では供養塔が建てられ、いまも区民が交代で「クヌッセン花当番」を務めて定期的に献花するなどの慰霊、顕彰活動が続けられている。日本とデンマークはことし、外交関係樹立150周年の節目の年にも当たっている。

関連記事

フォトニュース

  1. これからも人権意識をもって成長を

戦争体験者に聞く 終わらざる夏

  1. 出撃直前、さくら弾機が炎上 極秘扱いで「知られざる特攻機」とも呼ばれたさくら弾機は、直径1・6㍍、…
  2. 飛行機乗りが夢だった 1944年(昭和19)6月、日本はマリアナ沖海戦に敗れてサイパンが陥落し、絶…
  3. 激戦のフィリピンで6年 日米開戦直後の1941年(昭和16)12月22日、日本は米軍の支配下にあっ…
  4. 空襲に怯え、悲痛な思い 大戦末期、空襲に怯え、悲痛な思いをした御坊市島の竹田(旧姓=山﨑)玉枝さん…
  5. 根室空襲、艦載機が猛爆 大東亜戦争末期、制海権を失った日本は北海道まで米軍に押し込まれ、1945年…

日高地方などのイベント情報

現在予定されているイベントはありません。

Twitter

書籍レビュー

  1. 写真=1点1点じっくり観賞する来館者  みなべ町立図書館ゆめよみ館で14日から、南部高校美術部…
  2.  みなべ町の高城小学校(原啓司校長)で21日、「高城ロックンロールフィールド」が開かれ、1980~9…
  3.  還暦を過ぎても精力的に新作を発表し続ける東野圭吾。木村拓哉と長澤まさみ主演で映画化もされた人気シリ…
  4.  1945年8月15日正午、天皇陛下がラジオで国民に向けて終戦の詔書を読み上げ、国民はこのいわゆる玉…
  5.  テレビで見ない日はないぐらい、ニュースを視聴者に分かりやすく解説してくれるジャーナリスト池上彰氏。…
ページ上部へ戻る