山野の亀井さん 恩返しの地蔵堂建立

 お世話になった山野の人のために――。日高川町山野に移住して17年となる亀井光一さん(81)は、3年前に亡くなった妻の登美子さん(享年77)の遺言を果たすため、同地内の入り口となる県道御坊中津線沿いの丁字路に地蔵堂を建立。21日に開眼供養を行い、「妻の思いを実現できた。山野の皆さんの幸せを」と願いを込めた。
 亀井さんは愛媛県松山市出身。広島や大阪で働き、21年勤めた大阪の建設会社で定年を迎えた。定年後しばらくして、夫婦でゆっくり「第二の人生を」と移住先を探し始め、平成12年、不動産業者の紹介で山野を訪れた際、豊かな自然と人の温かさに魅了され、移住を決めた。
 山野では家庭菜園を楽しみながら年金暮らしを続けていたが、その間、山野の人々から野菜を分けてもらったり、優しく接してもらうなどとても親切にしてもらったという。妻の登美子さんは生前から「山野の皆さんのために何か恩返しがしたい」と話しており、亡くなった後、光一さんが妻の望みをかなえるため何をすべきか考えていた。そんな中、地元の東良一さんの提案もあり、丁字路で道を間違う人も多いことから、道しるべも兼ねた地蔵堂を造ることになった。
 地蔵堂の両サイドには「右 印南町」「左 川中」と記しており、中には地蔵と建立した経緯を示した碑があり、「山野の方々の家運長久と道行く人の道しるべになれば」と亀井さんの言葉が記している。
 開眼供養は地福寺の川口常文住職によって読経などが行われ、最後はもちまきで祝った。
 亀井さんは「この地蔵堂で、お世話になっている地域の皆さまを守っていただければ」と話している。

関連記事

フォトニュース

  1. はいOK、大丈夫で~す

戦争体験者に聞く 終わらざる夏

  1. 出撃直前、さくら弾機が炎上 極秘扱いで「知られざる特攻機」とも呼ばれたさくら弾機は、直径1・6㍍、…
  2. 飛行機乗りが夢だった 1944年(昭和19)6月、日本はマリアナ沖海戦に敗れてサイパンが陥落し、絶…
  3. 激戦のフィリピンで6年 日米開戦直後の1941年(昭和16)12月22日、日本は米軍の支配下にあっ…
  4. 空襲に怯え、悲痛な思い 大戦末期、空襲に怯え、悲痛な思いをした御坊市島の竹田(旧姓=山﨑)玉枝さん…
  5. 根室空襲、艦載機が猛爆 大東亜戦争末期、制海権を失った日本は北海道まで米軍に押し込まれ、1945年…

日高地方などのイベント情報

現在予定されているイベントはありません。

Twitter

書籍レビュー

  1.  還暦を過ぎても精力的に新作を発表し続ける東野圭吾。木村拓哉と長澤まさみ主演で映画化もされた人気シリ…
  2.  1945年8月15日正午、天皇陛下がラジオで国民に向けて終戦の詔書を読み上げ、国民はこのいわゆる玉…
  3.  テレビで見ない日はないぐらい、ニュースを視聴者に分かりやすく解説してくれるジャーナリスト池上彰氏。…
  4.  元アニメーターで江戸川乱歩賞作家、真保裕一の「行こう!」シリーズ最新作。今年5月に文庫化されました…
  5.  今回紹介するのは2005年に発行された推理小説家石持浅海の「君の望む死に方」。前作の「扉は閉ざされ…
ページ上部へ戻る