終わらざる夏2017⑥ 宇和 眞作さん

 戦争によって兄を亡くし、自身も米軍の空襲で命を落としかけた日高川町和佐の宇和眞作さん(88)。「大勢の人が死に、大勢の人を殺した戦争、本当にろくなもんやない。平和が一番やよ」と、戦中の体験を思い返す。

柏木戦争(宇和さん).jpg

 昭和4年7月7日、当時の丹生村で大工や農業をしていた家庭の四男、5人きょうだいの末っ子として生まれた。4歳のときに母を亡くした上、姉や兄たちは奉公に出て散り散り。小学校入学前、大阪の酒屋で働いていた一番上の兄が帰郷したとき、「自転車こうて(買って)」と甘えたのを覚えている。「高いぞー」と返されたそのおねだりは、その先かなえられることはなかった。兄は戦争末期、蘭印・スマトラ島付近で戦死。工兵として道路の視察に数人で出たが戻らず、「いくら捜しても見つからなかった」と、同じ部隊にいた兵士が最期を伝えに来てくれた。自宅に届けられた遺骨箱は空っぽ。名前が書かれた紙切れだけが入れられていた。出征前、兄は同じ酒屋にいた女性と婚約。「結婚するはずだった方の奈良の実家へ、兄と一緒に行った記憶があります。そこは梨の産地でした。兄は生きて帰ることも、結婚することもできず、本当に無念だったことでしょう」と話す。

 宇和さんは和佐尋常高等小学校に入学。学校では竹やりを突く訓練があり、「ヤー、ヤー」と励んだ記憶がある。「♪勝ってくるぞと勇ましく 誓って故郷(くに)を出たからは 手柄を立てずに死なりょうか…」。当時よくうたったという「露営の歌」はいまでも忘れていない。授業以外に和佐駅では戦死した人を並んで迎え、出征する人を万歳で送る式もあった。「大勢の人が戦死されたのですが、何も不思議なことではありませんでした。いま思うとおかしなものですね」と振り返る。

 学校を卒業して1年ほどは家の農業に従事。そのころ、米軍による本土空襲は激しさを増し、ごう音とともに大型の爆撃機が上空を往来していた。ある日、隣村の蛇尾に爆弾が落ちたと聞き、見に行くと、畑に大きな穴があいていた。別の日、大きな米軍の爆撃機を追う小さな日本の戦闘機を見た。

 尋常高等小学校を卒業後、1年ほどして鉄道職員になり、田辺駅に勤務した。待合所やホームの清掃、貨車の連結を行っていた。昭和19年の夏だったか、泊まり明けで帰宅しようとしたとき、空襲警報が鳴り響いた。数人で一目散に裏山へ避難。海の方を見ると、漁船が米軍艦載機の機銃掃射を浴びていた。しばらくすると、そのうち1機が大きく旋回し始め、気がつくと田辺駅の上空に接近。次の瞬間「バリバリバリバリ」と銃弾を撃ち込んできた。逃げ込んだ先は、はげ山。すぐ近くの地面に筋状の弾痕ができ、「こりゃーえらいこっちゃ」と死を覚悟したが、その場にいた同僚ら全員が幸い無事にやり過ごせた。さらに敵機が近づいてきたと思うと、胴体から黒い物体が落下。「大便のように見えた」という爆弾が駅の近くで次々と炸裂した。敵の狙いは機関車。「シューシュー」と爆弾が落ちる大きな音が響いていた。

 数時間後、山から出て駅に戻ると、機関車の釜の部分が破壊され、蒸気が漏れていた。「何をしていたんだ? 早く持ち場に就け」と上司に怒られ、急いで指示に従って作業を行った。線路の上を見ると、不発弾がごろごろ。駅の周辺は沼を埋め立てた土地で柔らかく、爆弾は落ちても破裂せず地面に埋まっていたり、一部を出して転がっていた。

 昭和20年8月15日の終戦。身近にラジオはなく玉音放送が流れたのを知らなかった。どこかで誰かから「負けてんと」と聞き、「ほんまに? 負けたてかい?」とびっくり。まさか負けるとは思っていなかった。中支(中国中部)に赴いていた次兄が戦後、「当時は食糧が届かず現地で略奪するしかなかった。敗戦後の統治がアメリカでよかった。それが中国でもし仕返しされたなら、えらい目に遭わされていたところだったで」とぽろり。消えぬ憎しみ、過ちも小さくはないんだと感じた。

 「いまから考えると中国から西へ東へ、わからないところまで行って戦火を広げ、勝てる道理がない。そもそもなぜ人を傷つけ、人が傷つく戦争をしなければならないのか」。戦後72年目の夏、宇和さんは「きょうのように暑い、そして冬になれば寒いという話ができることが幸せなんでしょうね」と平和を願っている。

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