戦争、敗戦、戦後を生きて

 せみがやかましく、高校球児の熱戦が続く。今年も戦争に関する取材をしながら、戦争体験者の言葉は重く、祖国の復興のため全力で駆け抜けた人生に、大切な「生き方」を教えられる。
 日本を代表する建築設計事務所、日本設計の創設メンバーで、同社の社長を経てハウステンボスのプロジェクトにも携わった池田武邦氏。海軍兵として軽巡洋艦矢矧(やはぎ)に乗り組み、マリアナ、レイテ、沖縄の海戦に参加した。
 三度目の戦場となった沖縄は、戦艦大和を旗艦とする第二艦隊の海上特攻だった。鹿児島県の坊ノ岬沖で敵の猛攻撃を受け、矢矧は沈没。投げ出された海を立ち泳ぎで漂流しながら、大爆発を起こして沈む大和の最期を見届けた。
 戦後、焼け野原となった東京を見て愕然とした。軍人として使命を果たせず、「せめて日本の復興に貢献できる職業に就きたい」と、東大に入って建築を学び、国内初の超高層ビル、霞が関ビルの設計チーフを務めた。
 小説「不毛地帯」の主人公のモデルにもなった元大本営作戦参謀、瀬島龍三氏。日本の石油ビジネスを守るためメジャーを敵に回し闘った出光興産の創業者、出光佐三氏もしかり。それぞれに志は高く、揺るぎないのはなぜか。
 いずれも国を守るために闘い、敗れ、これからは誰のために生きるべきかを考えた。一度は捨てた命、または死んだ身。それほどの覚悟で死線を越えた人だからこそおもねらず、部下や仲間の信頼を集め、勝負どころですさまじい力を発揮する。
 生涯現役を貫き、105歳で亡くなられた内科医の日野原重明氏もそんな人だった。47年前、ハイジャックされたよど号に乗り合わせ、「残された命は社会のため、人のために使おう」と決めたという。  (静)

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