特産由良ニンニク復活へ生産者が初出荷

 JA紀州は、かつて日本一の生産量を誇っていた由良町のニンニク栽培復活を目指して取り組んでいるが、高齢化に伴い引退や栽培面積を減らす農業者が多く、新規就農者をいかに確保するかが大きな課題となっている。そんな中、退職後の第2の人生として農業を始めた畑地内の森口隆夫さん(67)は今シーズン、ニンニクを初出荷。地元特産の復活に一役買っている。
 同町でのニンニク栽培は、主力産品の夏ミカンで収入を得られない5月に収穫できる農作物として昭和43年から本格的に始まった。かつては「由良に入るとニンニクのにおいがする」と言われるほどで、ピーク時には栽培面積20㌶で年間出荷量は200㌧あったが、安い中国産に押され、温州ミカンの栽培に移行していくなどで、ここ数年は3㌶18㌧にまで減少した。しかし、近年中国産の農作物の農薬問題や食品表示の偽装などで安心、安全な国内産が再び注目を集め、「餃子の王将」も国内産のニンニクにシフトしたことなどから、全国的な消費量が増加。特に由良町産は毎年、4月下旬から5月上旬までが出荷のピークとなるが、生ニンニクとしては全国で最も出荷時期が早く、高値で取引される。1㌔当たりの価格は安い時で400円だったが、2倍以上に跳ね上がっており、今シーズンも秀品2Lで平均1000円程度、出足は1400円にもなった。
 そんな中、JA紀州ニンニク部会(御影常夫部会長)では、昨年から地場産業の振興や農家の収入アップを図ろうと、ニンニク栽培の復活に向けて本腰を入れており、当面は栽培面積10㌶に拡大する目標を掲げた。同時に1㌔800円から900円という高単価なニンニクの種子を購入する場合の半額助成制度を導入、肥料散布の省力化も研究しながら、ニンニク栽培を推進。定年退職の新規就農者らをターゲットにしている。ただ、現在ニンニク栽培の農家は約40戸だが、高齢化で栽培面積の縮小を余儀なくされたり、後継者がいないなどの問題もあり、栽培面積の拡大は一朝一夕にはいかないという。
 森口さんは和歌山県農で働き、64歳で退職。その後、家庭菜園でトマトなどを栽培していたが、JAからの勧めもあって、面積3㌃でニンニクを栽培。現役時代に農業関係の仕事をしていたとはいえ、農業の経験はなく、試行錯誤しながらの挑戦。初出荷に際して「栽培の労力はそれほど大変でもないように感じた。収穫後に皮をむくのは軽い作業だが、時間と根気がいるので、高齢者が手伝ってくれるような態勢が取れれば、生産も楽になるのではないか」などと話していた。さらに、「地域活性化は、言葉で言えば簡単だが、相当難しい。最初から満足のいくものはなかなかできず、私が由良ニンニクの復活にお役に立てるかどうか分かりませんが、今後も栽培を続けたい」と張り切っている。

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