みなべで元阪神の上田二郎さんが講演

 南部高校出身で元阪神タイガース投手、上田二郎さん(69)が8日、国民宿舎紀州路みなべで開かれた紀州みなべ梅干協同組合の総会終了後に講演を行った。テーマは「私の野球人生、三人の恩師」で、南部高校時代の監督だった元南部町長の山崎繁雄氏らとの思い出などを振り返った。今シーズン好調の金本阪神についても触れ、「もしかしたら優勝するかもしれない」と期待を寄せた。
 上田さんは田辺市元町出身で、南部高校、東海大学を経て昭和45年にドラフト1位で阪神に入団。エースとして活躍し、4年目には22勝を挙げた。
 講演では「3人の恩師が野球人生の道筋をつくってくれた」とし、高校時代の山崎監督、大学時代の岩田敏監督、阪神時代の村山実監督のそれぞれの教えを紹介。「高校入学後、足をけがしたり髄膜炎になったりして2年生の春まで何もできなかった。続けていく自信がなくなり、当時監督だった山崎さんに気持ちを伝えたら『やめて何をするんや。野球を続けろ』といわれた。父親にも相談したが、山崎監督と同じ考えだった」と当時を振り返った。「2年生の時、山崎監督からスリークォーターからアンダースローに変えるように言われた。しかし、最初は使っていなかった筋力に負担がかかり背中や脇腹を痛めた。山崎監督は『体が痛いと言うような選手は使わない』というような考えだったが、いつもそばで練習を見ていてくれた」と語った。その後、3年生の夏の県大会の時、春の大会で全国準優勝した市立和歌山商業との試合で登板し、3―1で完投勝ち。観戦していた東海大の岩田監督の目にとまり、同大学への進学が決まったという。
 大学時代は甲子園出場選手らを押し退けて1年生からリーグ戦の開幕投手に抜擢。4年間で39勝を挙げ、完全試合も達成した。念願だった日本選手権でも優勝を果たした。
 その後プロ入り。「ドラフト会議では村山監督が、実力も人気もあった太田幸司を押し切って私を指名してくれた。しかし、入団後は『田淵と太田のバッテッリーが見たかった』とすごいバッシングを受けた。試合で打たれると客席から『おまえの投球は見たくない』とヤジも飛んできた。しかし、そんな時も村山さんはかばってくれた」と明かした。入団4年目にはスローカーブを習得し、22勝を上げる大投手となった。
 質疑応答では「ことしの阪神はどうでしょうか」という質問があり、上田さんは「金本阪神の1年目となる昨年は4位だった。しかし、優勝した星野監督、岡田監督も1年目は4位で、次の年に優勝している。金本監督と話した時、『戦力には物足りなさを感じるが、若手が着実に育ち、なんとかやれそうな手ごたえは持っている』と言っていた。選手の操縦術が上手いし、監督とコーチが一枚岩になっている」と、優勝の可能性をほのめかした。

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