クヌッセン機関長 没後60年の献花の集い

 日ノ御埼沖で日本の木材運搬船船長の海難救助活動中に殉難したヨハネス・クヌッセン機関長の60回目の命日の10日、美浜町三尾の日の岬パーク内にある機関長の胸像前で遺徳顕彰会(会長=森下誠史美浜町長)主催の慰霊献花の集いが開かれた。機関長生誕100年、没後60年、さらに日本と機関長の祖国・デンマーク王国の外交関係樹立150周年に当たることしは、デンマークからメテ・ボク文化大臣らが出席。海の勇者が取り持つ両国友好関係のさらなる発展を誓い合った。
 クヌッセン機関長は昭和32年2月10日、日ノ御埼沖で火災を起こした日本の木材運搬船を発見。悪天候のなか救助に当たり、海に落ちた船長を助けるため飛び込んだところ、荒波にのまれて亡くなった。機関長が亡くなって3日後の13日、美浜、日高両町や関係機関で遺徳顕彰会が発足し、毎年、命日に合わせて慰霊献花の集いを開催。機関長の遺体と救命艇が発見された日高町の田杭区では供養塔が建てられ、いまも区民が交代で「クヌッセン花当番」を務めて定期的に献花するなどの慰霊、顕彰活動が続けられている。
 節目の年にデンマークからは文化大臣のほか、フレディ・スヴェイネ駐日デンマーク大使、機関長の貨物船が所属していた海運会社「マースクライン社」のヨーゲン・ハーリング北東アジア長らが来県した。50人以上が出席した慰霊献花の集いでは順番に花束や機関長が好きだったキンセンカが手向けられ、メテ・ボク文化大臣は「和歌山の皆さまがクヌッセン機関長への感謝の気持ちを持ち続けられているのと同様、私たちデンマーク人は皆さまの友情に感謝しています。皆さまはこの顕彰碑を建立し、救命艇を保管してくれています。またクヌッセン機関長の功績を基に、自己犠牲と人類愛への尊い精神を伝えてこられました」と地元の遺徳顕彰活動にあらためて感謝。森下会長は「今後もクヌッセン機関長が縁となってデンマークと美浜町、日高町のさまざまな交流を続け、デンマークとの絆を深めてまいりたい」とあいさつした。
 御坊市の花ご坊では歓迎昼食会も開かれ、席上、文化大臣とマースクライン社から遺徳顕彰会と田杭区(清原久和区長)にそれぞれ感謝状の贈呈が行われた。文化大臣一行が美浜町に到着した際には役場で和田、松原両小3年生や地元住民、役場職員らがデンマークと日本の国旗を振って歓迎し、メテ・ボク文化大臣が児童たちと笑顔で握手する姿も見られた。

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