震災の教訓と新聞社の使命

 あれからもう22年経つのかと、毎年ながら時の早さを思い知らされる日である。大阪の古い文化住宅で一人暮らしをしていた筆者は、いままで経験したことのない揺れに目が覚めたが、怖くて布団から出ることができず、「早く止まってくれ」と心の底から祈ることしかできなかったのをいまでもはっきり覚えている。2階が落ちてくるだろうと、半分諦めの気持ちが湧いたのも確か。あの半端ない揺れでも大阪の震度は5だった。震度7とは、考えただけで震え上がる。地震を怖いと思ったことがなかったが、22年前のあの日以来、揺れるたびに鼓動が早くなる。
 阪神淡路大震災。ことしも1月17日に合わせて大手新聞ではさまざまな特集が組まれていた。最愛の家族を地震で失った無念や悔しさ、また前を向いて懸命に生きる姿に記事を通じて触れ、胸が締め付けられ、目頭が熱くなった。同時に、いつ起こるか分からない災害に対して、我々は本当に準備ができているのかと自問しなければならない日であることも痛感させられる。教訓とは、生かしてこそ初めて教訓になる。
 節目の日に御坊では、NPO法人震災から命を守る会が主催し、園児を対象にした防災教室が開かれた。必ず靴を履いて避難すること、家に閉じ込められてもあきらめず大声を出して助けを呼ぶ。決して目新しいことではない。しかし、この当たり前のことを当たり前にできるようになることこそが災害に備えるということである。だからこそ子どものうちから繰り返し訓練することが重要なのだ。
 当たり前を皆が実践できるようになるため、節目ごとに少しでも意識が高まるよう記事で取り上げる。新聞社としての最低限の使命であることも自覚したい。 (片)

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