聴覚障害乗り越え白球追う濵口君

 今月3日から9日までは「障害者週間」。日高地方では3年近くの間、軟式野球のクラブチームに所属、ハンディを乗り越え、頑張ってきた中学球児がいる。日高町比井、県立和歌山ろう学校中学部3年の濵口希君(15)。寄宿舎生活を送る和歌山市内の学校には野球部がなく、週末の3日間、実家に帰って白球を追いかけ、生まれながらの聴覚障害をものともせずにプレーを続けてきた。来年は高校進学を志望しており、「夢は甲子園出場」と目を輝かせている。
 日高地方中学生軟式野球選抜「日高オールスターズ」で大活躍する4学年上のいとこに憧れ、野球が大好きになった。地元の比井小学校に3年生まで通い、4年生から和歌山ろう学校へ。6年生から比井小グラウンドで、自身も含めてメンバー3人の地元クラブに加わって野球を習い始め、中学部に入る直前の2月に軟式野球のクラブチーム、和歌山スリーアローズへ入部した。
 スリーアローズでは金曜日の学校帰りに由良町の旧白崎中や旧衣奈中であった夜間練習へ参加。土日は一日練習や試合で、夏休みなど長期の休みの間は毎日練習に打ち込んできた。「練習はしんどかったけど野球が大好き。毎週、野球をするのが待ち遠しかった」。月曜日は午前5時半ごろに起床し、電車で登校したが、辛いと思ったことはなかったという。
 右耳がほとんど聞こえず、左耳に補聴器を着けている。普段の会話などにはあまり支障はないが、グラウンドに立つと厳しい場面もあった。2年生の時の中堅手では打球音が聞こえないため打球の飛距離の判断が難しく、ベンチからの指示も分かりにくい。打球はバットに当たった瞬間の角度、打者が打席に入る前のスイングなどにも注意を払って落下位置を瞬時に判断し、ベンチの指示は内野手の中継でサポートしてもらった。「両親や指導者、チームメートに支えてもらったから、いまがある」と周囲に感謝の気持ちでいっぱいだ。
 164㌢・74㌔、右投げ右打ち。3年生の時は俊足の1番打者、強肩の捕手としてチームを引っ張った。10月に引退となったスリーアローズでは「全国予選で滋賀県の強豪に接戦で負けた悔しさが忘れられない」と思い出を話す。いまは県立高校の受験へ勉強中。高校進学後は「レギュラーをとってまず紀三井寺(球場)でプレーすることが目標。夢は甲子園」と中学野球のうっぷんを晴らす活躍を力強く誓っている。
 学校では陸上部に所属。砲丸投げの県大会で4位に入賞し、今秋は全国障害者スポーツ大会(岩手県)の砲丸投げで銅メダル、ソフトボール投げで4位の好成績を収めたが、「大学まで野球を続けたい」と情熱を燃やす。スリーアローズの濵﨑正人監督は「野球が大好きというのを前面に出し、取り組み姿勢は100点満点でした」と話し、「投げたり打ったりするパワーはあり、硬式の高校野球でも大丈夫。ハンディがある中でも打球への一歩目は速く、外野手で活躍できると思う。これまでの経験を生かし、努力を継続して頑張っていってほしい」とエールを送っている。

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