戦争71年目の夏 元海防艦乗組員の大野さん由良へ

 由良町糸谷の海で大日本帝国海軍の第30号海防艦が米軍艦載機(グラマン)との激闘の末に炎上、沈没。楠見直俊艦長以下、乗組員99人が戦死したこの日から71年目を迎えた28日、第30号海防艦に乗り組んでいた元艦長従兵の大野一富さん(89)=寝屋川市=が糸谷の戦闘現場近くにある戦死者供養塔を訪れ、地元の郷土史に詳しい中西忠さん(84)=大引=、ボランティアで供養塔周辺の清掃を行っている阪元昭良さん(81)=糸谷=らとともに戦死者の冥福を祈った。
 大野さんは第30号海防艦が長崎の造船所で竣工、進水してから由良湾で沈没する日の17日前の7月11日まで乗艦。松弥四郎艦長の従兵で25㍉単装機銃の射手を務め、7月11日のP51ムスタングとの戦闘(海防艦側は12人が戦死)で重傷を負い、同じく重傷の松艦長とともに艦を下り、西宮の海軍病院へ入院中に終戦を迎えた。
 28日は長男一仁さんが運転する車で由良へ到着し、以前から交流のある中西さんと中西さんの妻道子さん(84)、阪元さんと昨夏以来、1年ぶりに再会。4人で戦死者供養塔を訪れ、戦死者を悼み、恒久平和への祈りをささげた。
 大野さんは高齢のため少し足が弱ったと笑うが、法華経を唱える声は大きく、「(戦死した)1人ひとりの名前は覚えていませんが、この石(戦死者命名塔)そのものが彼らだと思って、念仏を唱えさせていただきました。ここには100歳まで、あと10回来るつもりです」と元気そのもの。昨年、中西さんと阪元さんが業者に頼んで追加で彫った松艦長の名前を指差し、中西さんに「私が死んだら、この下に『艦長従兵 大野一富』と彫ってくださいね」とお願いすると、中西さんは「分かりました。私ができなければうちの息子にいいつけ、必ずそうさせていただきます」と約束した。

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