御坊で岩崎恭子さんが水泳人生語る

 平成28年度第2回市民教養講座は2日、御坊市民文化会館大ホールで開かれた。講師はバルセロナ五輪水泳金メダリストの岩崎恭子さん(37)、演題は「幸せはいつも自分の手でつかむ」。史上最年少で金メダル獲得という栄誉とは裏腹に取材攻勢や世間の目につらい思いをした経験を振り返り、20歳で引退するまでの葛藤と努力の日々、自分なりの成果を明るい口調で率直に語って大きな拍手が送られた。
 岩崎さんは5歳の時、3つ年上の姉を追いかけるように水泳を始めた。平成4年のバルセロナ五輪では14歳と6日で五輪競泳史上最年少の金メダリストとなり、その記録は現在も破られていない。当時について「隣のレーンだった(金メダル候補の)アニタ・ノール選手が少し緊張しているのが分かり、逆に自分は緊張せずに済みました。この時は不思議なくらい気持ちよく泳げて、1位でゴールした時は達成感というより『えっ?』とすごくびっくりしました」と振り返った。その時の取材に答えて思わず言った言葉「今まで生きてきた中で一番幸せ」があまりにも有名になり、何をしても注目される日々。家へはひっきりなしに知らない人から電話がかかり、母がPTAの会合などで頼まれて子育てについて少し話すと「お母さんは講演でかせいでる」と言われたり、岩崎さんが五輪に行く前から家の建て替えを進めていたのに「恭子ちゃんのお金で家を建ててる」と言われたりと家族や学校、周囲の人にまで影響が及ぶのがつらく、大変なストレスになったという。水泳を続ける気力もなくなったが、「やめる」と言うとまたややこしくなると思い、惰性で続けていた。いろいろな大会の選考などでも結果は出せず「何のために水泳をやっているんだろう」と悩み、友だちの頑張る姿をただ眺めていた。2年が過ぎ、アトランタ五輪が近づいた時に初めて自分の意思で「あの場所がどういうものだったのか、ちゃんと自分の目で見てこなければ」と、出場を目指すと決めた。目標を定めると目に見えて成長するのが自分でも分かり、日本選手権で優勝。アトランタに出場が決まり、初めて心から「水泳をやっていてよかった」と思えた。アトランタでの記録は10位だったが、ゴールの壁にタッチした時フーッと楽になり「よくここまで頑張れたな」と、競技面だけではない自身の成長を実感できたという。「私が2回五輪に出たことを知らない人も多いですが、10位のアトランタは私にとって大きな意味のある大会でした」としみじみ述べ、目標を持つことの大切さを訴えた。
 2児の母として子育てと水泳の指導に頑張っている現在についても話し、質疑応答では観客から温かい声援が送られた。

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