学童野球の球春到来

 由良・日高・美浜町少年野球連絡協議会(山西恭平会長)主催の第23回若草旗争奪招待少年野球大会は14日、美浜町地域福祉センターで開会式が行われた。
 参加23チームの主将や保護者ら約140人が出席。前年度優勝・藤田、準優勝・名田黒潮の優勝旗、準優勝盾返還に続き、山西会長は「日高地方の球春到来を告げる最初の大会です。選手の皆さんは元気いっぱいのはつらつとしたプレーで、日ごろの練習の成果を十二分に発揮され、学童野球を通じてチームワークの大切さを学び、互いがよき友達となり友情の輪を広げ、健康で明るい野球少年になることを願います」とあいさつした。来賓の森下誠史美浜町長から「てっぺんを目指して頑張ってほしい」とエールが送られ、最後に和田の山西庄登主将(和田小5年)が「厳しいけど温かく見守ってくれるお父さん、弁当を作ってくれ、汚れたユニホームを洗濯してくれるお母さんに感謝し、一緒に汗を流した仲間とライバルとともに正々堂々戦うことを誓います」と力強く選手宣誓した。
 大会は3月6日に開幕し、順調にいけば同20日に決勝となる。この日は開会式に先立ち抽選会も開かれ、初戦の対戦カードは次の通り決まった。
 印南黒潮―塩屋(勝者―和田)、名田黒潮―みなべ(松原)、アストロボーイズ―印南ビッキーズ(みなべ清城)、由良スポーツ―稲原(2回戦)、御坊―岩代(内原)、川辺西ビクトリーズ―埴田(川辺ウインスターズ)、湯川―中津(三百瀬千鳥)、上南部―藤田(日高)

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