災害に油断は禁物

 民間災害ボランティア団体「梅の郷救助隊」が平成7年に結成されて以来、ことしで丸20年を迎えた。去る25日には東日本大震災被災地の宮城県気仙沼市から3人の震災体験者を交えてパネルディスカッションが行われた。津波で亡くなった夫を家に置いたまま逃げなければならなかった辛さ、寒さに耐えながら避難生活を送ったことなどが生々しく語られた。
 避難者らの支援ボランティア活動に当たったパネリストの1人畠山恵美子さん(55)は、多くの命が亡くなったことについて「津波の怖さを知らなかった人がいた。避難しなければならない状況だったにもかかわらず、逆に海の方に向かった人もいたし、一度避難してもまた家に戻った人もいた。そういう人たちが命を失ってしまった」と振り返り、すぐに逃げることの大切を訴えた。
 では、なぜ逃げなかったのか。ディスカッションでは尾﨑剛通隊長が「『まさか』という油断の気持ちがあったのではないか」と語った。大震災を体験したことがない筆者だが、その意見に同感だ。台風や大雨などでも早めの避難が大切ということは百も承知。しかし、いざ行動に移すとなると、いささかの抵抗を感じる。「自分は大丈夫」とまったく根拠のない理由を付けてしまう。災害を甘くみた油断から生じる感情だろう。
 各地で行われる避難訓練では、「ただ家から避難所まで歩いて移動するだけで、必要性があるのか」と考える人もいるようだ。しかし、実際に行動に移すということに大きな意義があり、体験しておくことで万一の時に同じ行動を取りやすくなるのではないか。11月5日は津波防災の日。東日本大震災の記憶を呼び起こし、もう一度災害から身を守ることを考えよう。  (雄)

関連記事

フォトニュース

  1. 美浜町で戦没者法要

戦争体験者に聞く 終わらざる夏

  1. 出撃直前、さくら弾機が炎上 極秘扱いで「知られざる特攻機」とも呼ばれたさくら弾機は、直径1・6㍍、…
  2. 飛行機乗りが夢だった 1944年(昭和19)6月、日本はマリアナ沖海戦に敗れてサイパンが陥落し、絶…
  3. 激戦のフィリピンで6年 日米開戦直後の1941年(昭和16)12月22日、日本は米軍の支配下にあっ…
  4. 空襲に怯え、悲痛な思い 大戦末期、空襲に怯え、悲痛な思いをした御坊市島の竹田(旧姓=山﨑)玉枝さん…
  5. 根室空襲、艦載機が猛爆 大東亜戦争末期、制海権を失った日本は北海道まで米軍に押し込まれ、1945年…

Twitter

書籍レビュー

  1.  みなべ町の高城小学校(原啓司校長)で21日、「高城ロックンロールフィールド」が開かれ、1980~9…
  2.  還暦を過ぎても精力的に新作を発表し続ける東野圭吾。木村拓哉と長澤まさみ主演で映画化もされた人気シリ…
  3.  1945年8月15日正午、天皇陛下がラジオで国民に向けて終戦の詔書を読み上げ、国民はこのいわゆる玉…
  4.  テレビで見ない日はないぐらい、ニュースを視聴者に分かりやすく解説してくれるジャーナリスト池上彰氏。…
  5.  元アニメーターで江戸川乱歩賞作家、真保裕一の「行こう!」シリーズ最新作。今年5月に文庫化されました…
ページ上部へ戻る