映画『日本のいちばん長い日』 8月8日全国公開

 昭和20年8月14日、御前会議で天皇陛下が終戦を決断、閣僚たちはポツダム宣言を受け入れ降伏することを決定したが、終戦に反対する陸軍若手将校たちがクーデター計画を実行。決起した将校の中には、日高郡和田村(現美浜町和田)出身の陸軍軍務課員椎崎二郎中佐(当時33歳)がいた。本土決戦か降伏か、この「宮城事件」に至るまで、日本の未来を信じた男たちの闘いを描いた映画『日本のいちばん長い日』が完成し、来月8日から公開される。
 昭和20年7月27日、米英中の3国首脳が日本に対し、「全日本軍の無条件降伏」など13項目を求めるポツダム宣言の受諾を要求。鈴木貫太郎内閣は受諾を検討する一方、国体、天皇の地位について不明瞭であることから、ひとまず静観することに決めた。8月6日、広島に原爆が投下され、8日にはソ連が日本に対して宣戦を布告。9日には2個目の原爆が長崎でさく裂した。10日の御前会議で鈴木首相は天皇の聖断を仰ぎ、国体護持を条件にポツダム宣言受諾を決定するが、12日の連合国側の回答文で議論はまたも紛糾。14日の御前会議で天皇が再びポツダム宣言受諾の聖断を下し、日本の降伏が最終決定した。
 しかし、終戦に反対する畑中健二少佐、竹下正彦中佐、井田正孝中佐、椎崎中佐ら陸軍の若手将校は密かに練ったクーデター計画を実行に移し、皇居やラジオ局の占拠へと動き始めた。15日未明、椎崎中佐は井田中佐とともに近衛第一師団司令部で森赳師団長に決起を求め、その場にあとから入ってきた畑中少佐が森師団長をけん銃で殺害。畑中少佐と椎崎中佐らは偽の命令書を作って近衛歩兵第二連隊を動かし、玉音放送を阻止するために放送局を占拠するが、午前6時すぎ、玉音放送の録音盤は見つからず、田中静壱東部軍司令官により事件は鎮圧された。11時20分、椎崎中佐は「死生通神」と記した遺書を残し、二重橋と坂下門の間の芝生で畑中少佐と並んで自決した。
 椎崎中佐は明治44年9月20日、日清、日露戦争で金鵄勲章を受けた椎崎豊次郎さんの二男として誕生。旧制日高中学校から陸軍士官学校(45期)を卒業、昭和15年には陸軍大学校(53期)を卒業した。日米開戦前は大本営直轄の南支那方面軍参謀などを歴任、開戦時は支那派遣軍傘下の第23軍参謀を務め、19年9月、陸軍省軍務局軍務課員となり、動員計画作成等にあたっていた。
 映画『日本のいちばん長い日』は、昭和42年に公開された岡本喜八監督作品のリメイクで、『クライマーズ・ハイ』『わが母の記』などの原田眞人が監督・脚本。原作は半藤一利の同名ノンフィクションで、主演は役所広司(陸軍大臣阿南惟幾)、本木雅弘(昭和天皇)、山﨑努(鈴木貫太郎首相)、松坂桃季(畑中少佐)、堤真一(迫水久常内閣書記官長)。椎崎中佐は若手実力派の田島俊弥が演じ、戦後70年の超大作として8月8日から全国公開される。和歌山県内はジストシネマ和歌山、イオンシネマ和歌山で上映。

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