やりがいと感動の民泊

 「フォー(平たい米粉麺)の影響で麺類が大好き。そばを食べておいしいと言っていました」「ハーモニカで『千の風になって』を演奏してくれました」とホストファミリーとしてベトナムの大学生ら4人を受け入れた日高川町の清水俊夫さん。先日、ベトナムの大学生ら20人が日高川町を訪れ、7軒の家庭に分かれて民泊を体験した。清水さん宅の大学生らはそば打ちや農作業をし、日本食を味わったりと充実感いっぱいの様子。清水さん夫婦は片言の英語ながら、身振り手振りの会話でとても楽しそうに交流を深めていた。
 町では、旧中津村当時からゆめ倶楽部21が中心となって体験型観光を展開。その切り札として平成21年に始めたのがこの民泊で、年間約250人が体験。近年は、国内のみならず、ベトナムや台湾、マレーシアなどアジア各国から訪れるようになった。町は県内屈指の民泊先進地となったが、受け入れ家庭は20軒ほどしかなく、100人規模には対応できていない。今後も外国の教育旅行や小中学校の修学旅行など多様なニーズが増えそうで、印南町と連携し大人数を受け入れたこともあったが、将来的には日高地方全体での取り組みが必要だ。
 民泊の取材のたびに感じるのだが、訪問者だけでなく、ホストファミリーにとっても何ものにも変えられない貴重なひとときになっている。わずか数日の宿泊、交流でも互いが涙を流しながら別れを惜しむ。それほどやりがいと感動いっぱいの取り組みだ。「特別なおもてなしはいりません。普段の生活体験でいいですよ」とゆめ倶楽部。日高川町で受け入れ家庭が増えるとともに、近隣市町も民泊に力を入れれば、日高地方全体の活性化にもつながる。  (昌)

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