69回目の終戦の日 山本さんが家族の悲劇語る

 昭和20年4月、ソ連は日ソ中立条約の破棄を一方的に通告し、8月9日未明、満州(中国東北部)への侵攻を開始した。当時、満州には約150万人の民間人がおり、逃げ遅れた数十万の民間人はソ連兵らによる虐殺行為で多くの犠牲者が出たといわれ、捕虜となった軍人・軍属はシベリアに抑留された。あれから69年目の夏を迎え、ソ連侵攻の際、満州にいた父と妹、伯母の3人が自決したという御坊市島の山本道子さん(90)に話を聞いた。
 道子さんは大正13年1月5日、元軍人で警察官だった父安吉(やすきち)さんと母かおえさんの長女として、中国の青島で生まれた。きょうだいは兄と弟、2人の妹がいたが、兄と1人の妹は幼くして病死。道子さんと両親、2つ違いの妹のぶこさん、9つ下の弟武さんの一家5人はその後、満州(昭和7年に建国)に移り、安吉さんは地元の警察署長を務めた。
 警察署長官舎の暮らしは暖房設備が整い、食べるものにも困ることはなかったが、体が弱かった母かおえさんには冬の寒さがこたえた。妻の体を心配する安吉さんの勧めもあり、かおえさんは道子さんが12歳で小学校を卒業した昭和10年、安吉さんを満州に1人残し、3人の子どもを連れて日本へ戻った。
 かおえさんらは日高郡矢田村(現日高川町)の小熊にあった安吉さんの実家に身を寄せ、その後、日高郡御坊町(現御坊市)の貸家に引っ越した。12年には支那事変(日中戦争)が勃発、16年には対米戦争が始まったが、戦局の悪化に伴い、18年以降、学生は軍需工場に動員。卒業後も男女の別なく、軍需工場や挺身隊(勤労奉仕隊)にかり出された。
 そんな時代、道子さんの妹のぶこさんは父安吉さんに会いたい思いが強くなり、「挺身隊になるぐらいなら、お父さんと暮らす」といって、1人で満州へ戻った。20年8月9日未明、ソ連軍が国境線を越えて満州へ侵攻。安吉さんとのぶこさんにも危険が迫り、2人は「ソ連兵に捕まるぐらいなら…」と自決することを決め、当時、詳しい理由は分からないが、一緒に暮らしていた安吉さんの姉と3人で命を絶ったという。3人の遺体は安吉さんの遺言通り、自決を見届けた使用人が官舎とともに燃やした。終戦後、その使用人が日本のかおえさんらを訪ね、父らの最期の様子を教えてくれた。
 満州で犠牲となった数十万人の日本人の中には、安吉さんらのように自ら命を絶った人も少なくない。「のぶこはお父さん子で、満州へ戻るっていいだしたとき、私とお母さんは必死に引き止めたけど、どうしても行くっちゅうてきかなんだ。私は(体が弱かった)お母さんのそばをよう離れんかった。お父さんとのぶこ、おばさんの遺骨は家と一緒に燃えてしもて、墓もないんや…」。道子さんは13日、盆で集まった娘や孫に涙を浮かべてこの悲劇を聞かせた。

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