みなべ町植田の津波避難道完成

 南海トラフの巨大地震で5㍍以上の浸水が予想されているみなべ町海岸沿いの埴田地区に、待望の新しい避難道が完成した。山の斜面にあった里道を活用し、138㍍にわたってコンクリート舗装や階段を整備しており、子どもや高齢者でも上りやすいようにした。避難場所となっている通称「埴田の寺山」へ通じており、「避難時間が大幅に短縮されて住民を守る『命の道』になる」と期待されている。
 埴田の寺山へ通じる避難道は、埴田地区北側にあった既設道を舗装し直して2年前に1ルートを整備していたが、埴田地区は地域が広く、南側の住民がよりスムーズに逃げられる道を整備する要望が以前から上がっていた。
 今回新設したのは北側のルートから南へ約400㍍、薬師寺駐車場南東側で、けもの道のような里道を活用。一部用地提供などで地元住民の協力を得て、幅員1・5㍍、延長138㍍の避難道を整備した。緩やかな坂道はコンクリート舗装。急勾配になる個所には、少しでも足腰の負担を減らそうと踊り場を設けた緩やかな階段を設置し、手すりも取り付けた。事業費は約600万円。
 地区内に埴田川も流れる埴田地区は南海トラフの巨大地震では5㍍から10㍍浸水すると予想されており、少しでも早く高台に避難できるようにする対策は喫緊の課題だった。町の職員は「新ルートを使ってスムーズに安全な場所へ避難できるよう訓練するなど、日ごろから歩いて使ってみてほしい」と一層の防災意識高揚を求めている。

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