みなべの小学生が東北へ手作りの梅干し贈る

 みなべ町岩代小学校(吉水章夫校長)の児童は3日、「自分たちでつくった梅干しを東日本大震災の被災地に届けたい」と、宮城県気仙沼市と交流がある紀州梅の郷救助隊(尾崎剛通隊長)に託した。児童会の山本晃生会長は尾崎隊長に梅干しを手渡し、「被災地の方々に僕たちの梅干しで『元気』を届けたいので、よろしくお願いします」と依頼した。救助隊は4月11日に同市を訪れる際に持参し、被災者に届ける。
 梅干しは本年度の梅学習の一環でつくった。昨年6月に収穫して塩漬けし、夏には天日干しに。シソ漬けの梅干しに仕上げ、容器に250㌘ずつ入れた。
 児童会では「困っている人に提供したい」と東日本大震災の被災地に送ることに決め、4月11日に宮城県気仙沼市を訪れる紀州梅の郷救助隊に依頼。3日には尾崎隊長が同校を訪れ、児童たちの梅干し36ケースを預かった。「お口に合うかどうか分かりませんが、一生懸命心を込めて作ったので食べてみて下さい」とのメッセージや梅干しづくりの様子の写真20枚も添える。山本会長ら児童会役員5人は「これは僕たちがつくったシソ梅です。被災地の方々に元気を届けたいと思い、このシソ梅を届けることにしました。よろしくお願いします」と尾崎隊長に手渡した。
 尾崎隊長は「昔ながらのシソ漬けの梅干しは大変喜んでもらえると思う」と快く受け取った。地域の保護者を通じて被災地の宮城県東松島市の宮戸小学校にも40ケースを贈った。吉水校長は「子どもたちが被災地へ自分たちのつくったものを送りたいという気持ちを大切にし、現地との交流も深められればと思う」と話している。
 紀州梅の郷救助隊は東日本大震災が発生した平成23年4月11日に初めて現地で活動を実施。その後も被災者との交流があり、最初に現地入りした日を記念し、震災から1カ月後に当たる4月11日に気仙沼市を訪問し、被災者らと交流する。

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