印南の印定寺に津波伝承板

 印南町印南の印定寺に伝わる宝永南海地震の教訓を後世に引き継いでいこうと、印南町は同寺の山門前に津波伝承板を設置。26日には現地で式典が行われ、次代を担う地元の中学生たちが除幕した。伝承板には、宝永地震での津波の恐ろしさを語り継いだおかげで147年後の安政地震では犠牲者ゼロだったことが刻まれており、生徒たちは「子供や孫、その先の代まで伝えていく」と決意を新たにした。
 印定寺の境内には、過去の南海地震の中でも最大級といわれる1707年10月28日の宝永南海地震で町民162人が津波にのまれて死亡したことを伝える「高波溺死霊魂之墓碑」が現存しているほか、本堂には犠牲者162人の戒名と裏面に津波の悲惨な様子をつづった「津浪溺死零名合同位牌」が安置されている。いずれも十三回忌にあたる1719年に供養のためにつくられており、「大きな地震のあとは津波が来る」と語り継いだことから、147年後の1854年に発生した安政南海地震では全員がすぐに避難し、印南町の津波犠牲者はゼロだった。ただ、その後は語り継がれることがおろそかになったことなどから、92年後の1946年の昭和南海地震では地震の規模が小さかったにもかかわらず16人の犠牲者を出した。
 町では、南海トラフの巨大地震の発生が懸念される中、印定寺に記念碑や位牌が残されていることを知らない町民が増えてきたため、もう一度宝永南海地震の教訓を思い返し、語り継いでいってもらおうと伝承板を設置した。高さ2・3㍍、幅1・8㍍で屋根付き。表面には「宝永南海地震津波の記念碑に学ぶ」と題して位牌や墓碑の存在を写真入りで伝え、「私たちはこの災害を次の世代へ確実に受け継いでいかねばならない」とし、裏面には合同位牌に書かれている津波の惨状を記している。
 除幕式で日裏勝己町長は「先人が記録として残してくれた思いを胸に、一人の犠牲者も出さないよう将来へ伝えていこう」とあいさつ。印南中で津波を研究している阪本尚生教諭が伝承板の内容を説明したあと、生徒会長の熊本脩吾君(2年)が「この伝承板は、災害の恐ろしさを後世へ伝えていくことが難しく重要であると示しています。これをきっかけに宝永の教訓を自分たちの生活に生かすとともに、子どもや孫、その先の代まで確実に伝えていく努力をしていきたい」と決意表明。岡本徹士町教育長は「自分たちが除幕したことをいつまでも忘れないで」と将来の防災リーダーたちに期待を込めた。

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