聖地の経験胸にずっと野球を

 筆者は小学校2年生から野球を始めたが、試合会場はグラウンドが固い小学校の運動場や若者広場など。内野が柔らかい黒土、外野がふさふさの芝生のグラウンドで野球をしたかったが、その念願がかなったのは中学校になってから。みなべ町の千里ヶ丘球場だったが、そのときは幸運にも内野も外野も守った上、走者で出塁できたので、グラウンドの感触を思う存分楽しんだことを今でも覚えている。野球は中学でやめたが、そんな筆者も甲子園に憧れたちびっ子球児の一人だった。
 阪神甲子園球場で8日、親善軟式少年野球大会が開かれ、日高川町の美山少年野球クラブが出場した。美山の子どもたちは、グラウンドに足を踏み入れると大興奮。「めっちゃ大きい」「とってもきれい」などと次々と驚きの声を上げ、親善試合では憧れの舞台に緊張と興奮が入り乱れながらも、土にまみれ白球を追いかけ、慣れない天然芝の感触を楽しむなど元気いっぱい、ハツラツプレーを見せた。
 JSERA日本スポーツ用品協同組合連合会近畿ブロック協議会が子どもたちに近くて遠い存在の甲子園の土を踏ませてあげたい、いつまでも野球を続けてほしいとの思いから企画した大会。美山の子どもたちは、筆者と同じように土と芝生のグラウンドで野球をしたことが一度もなかった。その初めての本格的な球場でのプレーが、「高校野球の聖地」の甲子園だなんて、夢見心地のひとときだったろう。筆者もこんな機会があれば、もっと長く野球をしていたかもしれない。本当にいい企画で、子どもたちにとっては素晴らしい経験。美山の子どもたちには今回の貴重な経験を胸に中学校、さらに高校でと長く野球を続けていってほしい。  (昌)

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