先人たちが築いた歴史

 23年前の平成元年春、甲子園のアルプススタンドで白球を追う同級生たちに声援を送っていた。日高高校野球部は33年ぶり2回目のセンバツ大会に出場。開会式でナインは光GENJIの曲「パラダイス銀河」に合わせて力強く行進し、直後に北海道の苫小牧工と対戦。惜しくも逆転で敗れたが、プレーするナインはまぶしくかっこよく、筆者は応援団員として声をからした。
 さて、そんなかけがえのない思い出をくれた野球部。このほど、OB会長の大江唯之さんが23年間務めたその職を退任した。筆者は部員ではなかったが、せんえつながらこの機会に大江さんの功績を監督時代の話を中心に紹介させていただく。監督としては昭和28年から2年半、38年から6年間務めた。熱心かつ卓越した指導で、チーム力はぐんぐんアップ。28年夏の選手権県大会では準々決勝で優勝候補の新宮を撃破し、初のベスト4に進出。翌29年に続いて30年も秋季県大会を制し、翌31年に初のセンバツ出場を果たす。氏はセンバツで指揮を取ることはできなかったが、当時のチームの土台を作った功績は大きい。この後、部は33年の学校の商業科・機械科の独立、御坊商工開校に伴い低迷。数年間廃部となるのであるが、このときに部の復活に尽力したのも氏だった。
 接戦に大興奮した平成4年のセンバツ、記者として紀三井寺球場のスタンドでカメラを構え、初の夏の甲子園にあと一歩及ばなかった16年の選手権県大会等卒業後も数々の素晴らしい思い出と感動を与え続けてくれている野球部。大江さんら先人たちが思いを込めて歩み、築き上げてきた歴史の上に、これからもさまざまな輝かしい足跡を刻みつつ、ますます発展、繁栄していくことを願う。      (昌)

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