「1秒削り出せ」の気で

 正月の2、3日、第88回東京箱根間往復大学駅伝競走をテレビ観戦した。10区間で200㌔以上の長丁場のレース。これまでは他の番組のCMの合間にどこがトップか確認するだけだったが、ことしは箱根駅伝ファンの妻にチャンネルを占領されたこと、地元関係4選手がエントリーされていたこともあって、じっくりと伝統のたすきリレーに見入った。
 2年ぶりにV奪回を果たした東洋大は、本当に強かった。往路、復路とも大会新、総合でも大幅に大会記録を更新し、2位には9分2秒の大差をつけた。デッドヒートを期待していた人たちには少しつまらないレースだっただろうが、大きなリードを奪いながらも気を緩めることなく力走する選手たちの姿は、追いつ追われつの展開にも劣らないほど見どころがあった。
 東洋大が独走の中、テレビの実況で繰り返し伝えられていたのは「1秒を削り出せ」という言葉。3連覇を目指した1年前、わずか21秒差に泣いたチームは、それを合言葉に頑張ってきた。21秒の僅差は、10選手で割ると1人わずか2秒余り。1人が数秒縮められていれば優勝に届いたということを選手全員が自覚したうえで練習してきたことが、山登りのエースに頼るチームカラーを脱却させ、6人が区間賞を獲得する最強、最速のチームに進化させたのだろう。
 チームワークとは、力のない選手をかばいあうことだけではない。それだけでは真の強者にはなれない。1人の1秒は全体でただ単に10秒ではなく、大きな力になる。東洋大の走りは強い選手と一緒にチーム全体がレベルアップすること、それが本当のチームワークなんだと知らしめてくれたと思う。ことし1年、自分たちも「1秒を削り出せ」という気でいきたい。 (賀)

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