青田の美しさに思う

 7月から8月にかけて、車で走るとあちこちに広がる青田の緑が染み入るように美しく目に映る。この時期の田は一番好きな風景の一つだ◆水田は、四季によって姿を変える。春は根粒バクテリアを生成させるため植えられたレンゲがピンクのじゅうたんとなり、6月の田植え期には水張り田が巨大な鏡のように空を映す。そしてすいすいと気持ちよく伸びた青い稲は、夏には草原のような一面の緑をなす。南国の海の色はよくエメラルドグリーンと表現されるが、青緑色の海よりも、陽光の中すがすがしく広がる夏の青田こそ本当のエメラルド色に近い。「緑は目にいい」と子どもの頃からよくいわれてきた。デスクワークで疲れた目を癒す思いで、広がる水田の風景を心地よく視野に入れながら走っている◆「お米の一粒一粒の中には仏様がいる」と言い伝えてきた日本人。米は日本人にとって、単なる食物以上の存在だった。縄文時代は1万年も続いたが、稲作が伝わった途端に一挙に文明が進み、国家として発達したのは不思議な気がする。水の国である日本には、この作物を主食として育てることが最も適していたのだろうか◆世界的に稲は熱帯・温帯で栽培される作物であり、日本では寒冷地で稲作を定着させるために多くの技術開発が行われたという。東北地方が日本の米の生産量1位であり米どころとしての地位を確立している事実は、日本人の技術力の象徴ともいえるように思う◆立秋を過ぎ、青田の中にも黄金色の兆しがほのかにみられ始めた。水田が示すこの四季の変化の美しさを見るにつけ、原発事故の影響が懸念される現状が悲しく、残念に思われる。なんとか事態が好転するよう、祈ることしかできないのがもどかしい。    (里)

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