非常食は? 避難路は?

 テレビで大地震、津波の映像をみて、自分にできる防災対策について考えさせられた。実家は日高町比井。海岸線の小さな集落で、西側が海。それ以外の3方は山や峠に囲まれている。大地震が発生すれば、土砂崩れで3方へ伸びる県道は通行不能になる可能性があり、海からは津波が押し寄せてくるだろう。危機意識を持たずにはいられない。
 避難場所は家から数百㍍離れた小学校になっている。東南海・南海地震で想定される津波なら、浸水は免れるという。しかし、まざまざと見せつけられた想定をはるかに超える津波を考えると、「とにかく小学校へ」とも言ってられない。もっと高い山の上への避難も視野に入れておかなければならない。
 仕事柄、町の防災対策については詳しいが、見直しが必要な点もある。例えば食料の備蓄。基本的に非常用持ち出し袋に個人が用意しておくべきものだが、町も役場庁舎前の消防庁舎に保管してある。カンパンやきな粉餅などだが、役場から海岸線までは5㌔以上の距離。道路が寸断されれば輸送手段がなくなり、また非常事態では輸送の担い手も確保できるかどうか不透明だ。本当に非常食として活用するためには、海岸線を含めて分散しての保管も検討しなければならないと思う。
 避難路の確保は言うまでもない。家は山のすぐ近く、何かあったら登ればいいと安心していたが、確認してみると急傾斜対策の工事が施され、以前のように上がっていくのは無理だ。別ルートを見つけなければならない。このように地域の人たちが気づいたことを出し合い、話し合い、まとめて情報を共有しておくことが減災への一番の方法ではないだろうか。できることからやっていこう。       (賀)

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