くらしと健康 シリーズ「認知症」③小川さんの場合①

1127.jpg 国内の認知症患者は、脳内に蓄積する異常物質が原因で神経細胞が死滅、脳が委縮することで記憶や判断力に障害が出るアルツハイマー型が最も多い。徘徊(はいかい)、幻覚などの症状は数年から十数年かけてじわじわと進み、毎日の問題行動は家族や周囲の人の肉体的、精神的なスタミナを奪う。全国的には無理心中、嘱託殺人など悲惨な末路をたどるケースもあり、愛する人を介護をする人が疲れ、落ち込んでしまわないために、地域ぐるみで認知症の人を支えるネットワークづくりが課題となっている。シリーズ「認知症」は第3回の今回から3回にわたり、過酷な認知症介護の実態について、市内の女性のケースを紹介する。
 市内湯川町富安に住む主婦小川まゆみさん (53) が、 すぐ近くに住む夫の母、 故・妙枝 (ただえ) さんの様子がおかしいと思い始めたのは、 いまから9年前の平成12年9月ごろ。 当時、 70歳だった妙枝さんは料理が上手で、 家で何かを作ってはおすそ分けしてくれていたのだが、 ある日、 いつものように持ってきてくれた巻きずしを食べてみると、 びっくりするほど甘かった。 普段から家に人が来たときには、 必ずお茶やコーヒーをいれるおもてなしの人だったが、 コーヒーのつもりでしょう油に湯を入れて出してしまったこともあった。 見た目の色は区別できているが、 それが何かわからない。 また、 持病の糖尿病と高血圧の治療のため、 運動をかねて数㌔離れたかかりつけの病院まで定期的に自転車で通っていたが、そのころから、出かけたまま何時間たっても病院にたどりつかないことが多くなった。妙枝さんの二男文寿さん(54)の妻まゆみさんは「認知症かも…」と疑い、妙枝さんの家の隣に住む長男夫婦に相談に行った。 そのとき、義姉が急性白血病に侵されていることを知った。「まさか…」。まゆみさんは妙枝さんのことを相談できなかった。義母に認知症、義姉に重い病気が同時に襲いかかった。
 義姉はすぐに日高病院に入院、県立医大病院へと転院したが、翌年の3月、約5カ月間の闘病の末にかえらぬ人となった。このころ、妙枝さんは自宅で夫の故・茂實さん(当時80歳)と2人暮らしで、長男の嫁が病院から無言で帰宅したときも、状況は理解できていた。葬儀が終わり、少し落ち着いたところでまゆみさんは妙枝さんを日高病院へ連れて行った。脳外科でMRI検査などを受け、診察室の医師の問診では自分の名前はちゃんといえたが、住んでいるところは「串本」とはっきり答えた。串本というのは、妙枝さんが生まれ育ったふるさと日高川町(旧美山村)の椿山ダム建設で水没した集落。ダムが出来るまで、茂實さんと妙枝さんは3人の子どもとともに、アユ釣り客らが利用する民宿を経営していた。しかし、現実にもう何十年も暮らしている自宅があるのは市内湯川町富安。医師は黙ってうなずき、まゆみさんにアルツハイマー病であることを告げた。飲み薬を処方されたが、それで病気がよくなるわけではなく、あくまで病気の進行を抑制するだけのこと。実際、薬を飲んでも、妙枝さんの認知症は徐々に進行していった。
 体格がよく、花が好きで、料理が得意だった妙枝さん。若いころは茂實さんと二人三脚、民宿の女将の仕事と家庭を両立させ、いつも明るく気丈にふるまい、市内に引っ越してきてからも夫婦で毎晩、その日の出来事を日記にしたためていた。が、その日記の内容も少しずつおかしくなってきた。自分の日記に自分のことを書いてるつもりが、横に開いた茂實さんの日記をそのまま書き写していることもあった。長男の嫁が亡くなって約3年。すでに介護保険制度も始まっていたが、「(他人に頼らず)ワシが最後まで面倒をみる」という茂實さんの強い意志もあり、デイサービスも利用していなかった。83歳の夫が自宅で74歳の認知症の妻の世話をする。毎日の食事はまゆみさんが届け、瓦職人の夫文寿さんも現場の状況によっては、トラックに妙枝さんを乗せて一緒に出かけるなどしていたが、その実態は「老老介護」。しかし、妙枝さんはこのころ、まだ「自分」を完全に失くしてはいなかった。記憶が徐々に消えていくなかで、まゆみさんはチラシの裏に妙枝さんの走り書きを見つけた。「だんだん自分がアホになっていく。悲しい…」。これから自分はどうなるのか、少しずつ自分が自分でなくなっていく。日記にも、「つかれて頭がもやもやと書いていますが、わかりにくくなってくる。困った人になってしまって、でも、一生忘れんようにカキます。頭悪くなるばかり」と不安と悲しみをつづった。まゆみさんは「本人がだれよりも(認知症が進んでいる自分を)分かってたんじゃないですかね。とても悲しく、悔しかったんだと思います」という。
 平成15年から16年にかけて、妙枝さんがアルツハイマー病との診断を受けて約3年が過ぎたころ、茂實さんが妙枝さんを介護し、その2人を近くに住む家族が見守るという形で、介護保険なしの生活がなんとか続いていた。妙枝さんの物忘れはだんだんひどくなり、茂實さんは夫として、親としての自尊心だけが自分を支えるように、足腰が弱った体で、介護保険サービスを拒み続けた。そんななか、妙枝さんの認知症状発現とほぼ同時期に妻が急性白血病に倒れ、5カ月後に亡くなった義兄の体調が悪くなり、16年4月に亡くなった。このとき、妙枝さんは通夜、告別式の場にいながら、目の前に寝かされた長男がだれなのか分からなくなっていた。

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