御坊の塩屋文化協会が羽山家を顕彰

 まちづくりや地域振興に取り組むボランティア団体等に補助を出して活動を支援する御坊市の2017年度「協働事業」で、塩屋文化協会(溝口善久会長)が取り組んだ「熊野古道 塩屋区内における歴史文化等活用事業」が完了した。メインは医療や文化で功績のあった御坊の偉人で南方熊楠とも親交のあった羽山家の顕彰とPRで、プレートの設置と冊子、リーフレットを作製。後世に残す貴重な資料となりそうだ。
 同文化協会では、幕末から明治にかけて医業を営み、地域医療に大きく貢献した羽山家の功績について、地元でも知る人が少なくなってきたことから、資料をまとめて後世に残そうと事業に取り組んだ。羽山家の顕彰だけでなく、熊野古道沿いの歴史や文化の魅力を発信するため、国の史跡に指定されたばかりの塩屋王子神社のリーフレット、熊野古道しおや散策マップも作製した。
 羽山家の顕彰では、江戸から明治時代にかけて医師として活躍し県内で最初に種痘(天然痘の予防接種)を普及させた羽山維碩(いせき)と、維碩の養子で塩屋村で開業し、最新の医学知識と技術で治療する名医として知られた直記の2人を中心に生い立ちや功績など、日高郡史や印南町史なども参考に細かく調べ上げて一冊にまとめた。
 維碩は1808年に印南原村(現在の印南町印南原)に生まれた。京都で医学を学び、塩屋村で開業。種痘が有益で無害であることを地域の人々に知らせるために絵入りの冊子をつくって宣伝に努めたため、日高地方は県内で最も早く種痘が普及した地域となった。維碩の養子となった直記は1846年生まれで、楠井村(現在の御坊市名田町楠井)出身。大阪で蘭学を修め、和歌山医学校でも学んだあと塩屋村で開業。名医として知られたほか、塩屋村の村長を務め、養蚕業の振興にも尽力した。直記の長男・繁太郎と二男・蕃次郎は、世界的博物学者の南方熊楠と深い親交を結んでいたことでも有名となっている。今回は冊子300冊とリーフレット5000部を作製したほか、羽山家跡で現在の森畠医院敷地内に顕彰プレートも新たに設置した。
 塩屋王子のリーフレットは3000部、散策マップは5000部を作製。散策マップ看板も古道沿いに取り付けた。熊野古道の世界遺産登録以降、塩屋でも観光客が増えている中、塩屋王子やハマボウ群生地など塩屋の見どころが詰まったマップとなっており、観光PRに活用していく。
 事業完了を受け、同文化協会では29日午後1時半から塩屋公民館で講演会を開催する。元和高専教授の吉川寿洋さんが「羽山家と南方熊楠との交流」で講演するほか、文化協会の阪本尚生さんが「羽山維碩と羽山家の人々について」、溝口会長が「国指定史跡 塩屋王子神社について」でそれぞれ報告する。定員100人。無料。申し込み不要で当日来場すればよい。問い合わせは溝口会長℡090―3617―3236。

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