幻の「善妙寺焼」か 御坊で皿見つかる

 江戸時代中期のわずか10年ほどの間にしか制作されず、幻の焼き物といわれる御坊発祥の「善妙寺焼」とみられる皿5枚が、御坊市本町にある中野健さん(63)=横浜市在住=の実家で見つかった。善妙寺焼に詳しい市歴史民俗資料館の学芸員、中村貞史さんは「本物と考えておきたい」との見解。現存する品が非常に少なく、謎の部分が多い善妙寺焼を今後解明していく上で貴重な史料となりそうだ。
 善妙寺焼(紀伊国名所図会では「善明寺焼」)は、御坊市島の善妙寺6世住職の玄了が手がけた焼き物。焼き物が好きだった紀州藩主6代宗直に作品を献上したといわれている。後継者はなく玄了一代の制作で、寛延年間(1748~1751年)から亡くなった宝暦9年(1759年)にかけて、わずか10年前後の間に個人の趣味的に焼かれたとされ、県内では和歌山市の甚兵衛焼(17世紀初頭)に次ぐ2番目に古い歴史を持つ。文献では写真入りで紹介されているが、現存する品は少なく、幻の焼き物といわれている。材料の粘土は名田町楠井の「善妙寺畑」と呼ばれた場所で採取し、善妙寺近くの「経野(きょうの)」と呼ばれる場所に窯跡があったとされるが、詳しいことはまだ分かっていない。
 中野さんは、1868年(明治元年)に会津藩士の山川浩が鳥羽伏見の戦いに敗れて御坊に落ち延びた際、小松原村の旅人宿「中屋」(中野さんの先祖が経営)で手厚い看護を受けたことがきっかけで御坊と交流が続いていたことを調べている中で、いまは空き家となっている本町の実家で古文書などを探している時に焼き物も見つけた。
 箱には「善妙寺焼皿 五枚」と書かれており、中には皿5枚が保管されていた。善妙寺焼について調べると、貴重なものであることが分かり、善妙寺焼に詳しい中村さんに見てもらった。中村さんによると、「ほとんど記録がなく、善妙寺焼かどうかを判断する手がかりがあまりないのが現状」とした上で、「偽物もたくさん作られているが、大事なのは、どこの家にどのように伝わったかということ。中野家は善妙寺と姻戚関係にあり、皿を入れていた箱が立派で非常に古く、皿自体も磁器ではなく善妙寺焼と同じ陶器であることから、善妙寺焼と考えておきたい」との見解。現存する善妙寺焼では茶室で花を飾る「籠形花生」が有名だが、茶碗や皿などさまざまな種類の焼き物も手がけていたという。
 中村さんは「焼き物がたくさん出てきて研究すれば、善妙寺焼とはこういうものだと確立できるかもしれない。今回のように善妙寺焼と思われる品を出していただくのは、分かっていない部分を解明する第一歩になる。寺院や旧家にはまだ残っていると思うので、御坊の貴重な歴史を知る上でも一度探してほしい」。中野さんは「御坊にとって最もいい保存方法を考えたい」と話している。

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