南方熊楠と日高地方の関わり

 来月18日で生誕150周年を迎える、和歌山が生んだ偉大な博物・民俗学者の南方熊楠。彼と当地方の関わりが、御坊文化財研究会の機関誌「あかね」37号で紹介されていた◆ネットで年譜を調べただけでも、生涯は非常に波乱に満ち面白い。紀伊教育会主催の講習会場に酩酊状態で押し入って逮捕されるが、監獄で新種の粘菌を発見した。民俗学者柳田國男が田辺を訪れた時は緊張のあまり大酒を飲み、泥酔状態で面会した。繊細なのか豪快なのかわからない逸話である◆そんな熊楠が特に情熱を注いだのが神社合祀反対運動。近代化を急いだ明治政府は一町村一神社にして神社の数を減らし、残った神社に経費を集中させるという現代からみると乱暴極まりない神社合祀令を進めた。廃された神社は鎮守の森も切り倒され、熊楠は激怒。食い止めるべく新聞に論陣を張り、同志を求め奔走した◆「あかね」37号掲載の「合祀に抗して四神社を残した比井崎村」(吉川壽洋氏)によると、明治末期、現日高町の比井崎村では一村一社の政策に反対、4社が残された。熊楠は反対の主張がどのようなものだったか関係者に問い合わせ、「(合祀は)敬神の実を上げるといいながら、かえって歴史を愛し祖先を尊び偉人を敬慕するという大和民族の美風を破壊する」等の返書を得た。熊楠は関係者の勇気をたたえる手紙を残している◆そして熊楠は「合祀によって敬神思想が弱められ、民の和融を妨げ、人情を薄くし、土地の治安と利益を害する」など論を展開、やがて合祀は収まった。その論陣に、日高地方での運動も力を与えたかもしれない◆熊楠のおかげで熊野古道も今に残され、世界遺産となっている。歴史の縁が現在まで続いていることに不思議を覚える。(里)

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