御坊でエレンマースク号の海難学ぶイベント

 有間皇子の顕彰活動や地元文化の発信を行っている東山の森Ark(東睦子代表理事)の講演&ライブ「文化じかけのオレンジ」は8日、御坊市薗のボナぺティヤナギヤで開かれ、殉難から60年を迎えたデンマークのヨハネス・クヌッセン機関長について約50人が学んだ。御博(おんぱく)参加イベント。
 東さんがあいさつで、「昭和32年2月10日夜、嵐の日ノ御埼沖で燃える機帆船から落ちた日本人船員を救うため海に飛び込んで命を落とし、救命艇とともに日高町田杭海岸に打ち上げられました」とクヌッセン機関長の勇気ある行動について説明。続いて劇団RAKUYUの柳本文弥さんが㈱エーザイ元専務の武市匡豊氏の著書「宿願の旅路~クヌッセン、ハンセン、トルードーの魂を求めて~」を引用しながら、クヌッセン機関長の船だったエレンマースク号乗組員の証言から判明した事件発生当時の模様を克明に再現。「高砂丸船長は、一度は綱ばしごをつたって船に助け上げられようとしたが、もう少しのところで力尽きて落ちてしまった。落ちた場所のすぐ近くにいたクヌッセン機関長は、一瞬も迷わずに海へ飛び込んだ」という臨場感のある語りに来場者は聞き入った。東さんと柳本さんは、クヌッセン機関長が助けようとした高砂丸船長の家族を徳島県に訪ねており、その時の模様も報告した。続いて、クヌッセン機関長の遺体が打ち上げられた当時を知る白井康三郎さん(87)=日高町阿尾=が登場。柳本さんがインタビューする形で話を聴いた。白井さんは「立派な体格の人で、田杭の地元の人がリンゴの木箱を使って棺桶を作ったのだが、体が大きくて入らなかった。作り直したが、今度は大きすぎてヘリコプターへ乗せられなかった」と当時を回想。遺体を運ぶヘリが飛び上がった時には地元住民ら皆で手を合わせて見送ったことなどを話した。
 そのほか日高高校から望月春菜さん(3年)、樫原佑実さん(2年)、森部凜音さん(同)の3人がクヌッセンの出身地のデンマーク・フレデリクスハウン校との交流について映像を見せながら紹介。故山本好一さん作詞、田端好弥さん作曲の「クヌッセンを讃ふる歌」を田端さんの家族と近隣の女性による演奏でうたい、海の勇者をしのんだ。

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