御坊の亀山城跡 県文化財に指定

 県教育委員会は15日の定例会で県指定文化財の指定等を審議し、九度山町の「善名称院(ぜんみょうしょういん・通称真田庵)」など新たに7件の建造物等の指定を決定した。日高地方関係では、御坊市の亀山にあった県内最大規模の中世山城「亀山城跡(じょうあと)」、御坊市で出土した「小松原銅鐸」の2件。みなべ町の無形民俗文化財「岩代の子踊り」は、東と西の両岩代八幡神社に分離のうえ、名称等を変更する。
 この日の審議の結果、新たに県指定文化財に指定されたのは、九度山町の善名称院(建造物・3棟)、和歌山市の護国院(同・7棟)、かつらぎ町の龍谷寺が所蔵する木造神像群(美術工芸品彫刻・10躯)、御坊市で出土した小松原銅鐸(美術工芸品考古資料・1点)、かつらぎ町の佐野寺跡(史跡)、すさみ町の周参見王子神社が所蔵する周参見王子神社奉納絵馬(有形民俗文化財・52点)、御坊市湯川町の亀山頂上にあった亀山城跡(史跡)――の7件。
 亀山城は、日高地方を拠点に有田・牟婁地方に勢力を伸ばした室町幕府奉公衆、湯川氏の居城。平時の館である亀山ふもとの湯川氏館跡に対し、最終拠点となる詰めの城として標高121㍍の亀山頂上付近に築かれた。県内最大規模を誇る中世の山城で、湯川氏館跡は各地の守護所に匹敵する規模と構造を持ち、亀山城跡も曲輪(くるわ)の総面積や範囲が広い。平時の館と詰めの山城が一体化するあり方は「根小屋式城郭」と呼ばれ、戦国期の武家の拠点の典型例とされるが、武家の領域支配が低調だった紀伊国内ではこのような事例は少ない。県教委文化遺産課は「中世末期に勢力を伸ばした湯川氏の軍事力を示す城跡として学術的価値は極めて高く、今後の全域保存に向け、今回は主郭部を県指定文化財に指定し保護を図る」としている。
 ほか、広川町と日高町にまたがる史跡「鹿ケ瀬峠」は昨年10月、一部が国の史跡に指定されたため、一部の県指定文化財指定を解除する。

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