津川雅彦さんが役者人生語る

 平成27年度第5回市民教養講座は28日、御坊市民文化会館大ホールで開かれ、俳優の津川雅彦さん(75)が「私の役者人生」をテーマに語った。長年ライバルだった兄で俳優の故長門裕之さんとの思い出をしみじみ振り返ったほか、妻の朝丘雪路さん、伯母の沢村貞子さん、一人娘で女優の真由子さんら家族への思いもユーモアを交えながら話した。
 芸能一家に生まれ、役者になるのが当然という空気の中で成長。自身は新聞記者を志して早稲田大学高等院に入学したが、成り行きで石原慎太郎原作の映画「狂った果実」に石原裕次郎の弟役で出演することに。「演技はド下手だったけど、顔がいいから人気が出ちゃった」とユーモラスに話した。これがきっかけで兄の長門さんとの間に確執が生まれたと言い、「雑誌の記事なんかもぼくにばかり話がくる。兄の方が弟より優れているのはいいんですが、逆だと家の中が暗くなる。ぼくに取材依頼の電話があると、兄貴がコップを庭へ叩きつけたりする」と当時を回想。「兄貴は日活から松竹へ移る決心をしたけど、性格がいいからスタッフ皆に好かれていて『行かないで』と涙ながらに止められた。ぼくは全然好かれていなかったので『おまえが松竹へ行け』ということになりました。ぼくはとにかく顔がいいからどこへ行っても大丈夫だと思い『いいよ』と簡単に承諾。ところが、それからバッタリ売れなくなってしまった。波に乗れなくなり、映画の企画もこない。久々にもらった話が映画『古都』で岩下志麻の相手役。しかしいつの間にかぼくが降りて兄貴が演じる形になっていた。兄貴は監督に直談判してこの役をつかみ取ったんですが、これで助演男優賞をとった。ぼくは顔で売れたけどすぐにだめになった。兄貴は顔は三枚目だけど、自分の腕で地位を得たんですね」としみじみ振り返った。その後60歳を過ぎてからやっと兄弟仲良くできるようになったことを話し、「そうなるともうベタベタに仲良くなってしまうんです。テレビや映画でも共演し、最期はぼくが看取りました。晩年は本当にいい兄貴でした」と偲んだ。
 そのほか、生後5カ月の時に誘拐され、現在は女優となっている娘の真由子さんについても「無事に帰ってきてくれた時、日本一の俳優になるより世界一のお父さんになろう、世界中のおもちゃを集め寝食を忘れて一緒に遊んでやろうとおもちゃ屋を経営し始めた」など話し、家族への思いも披露。「文明と違って文化は腹の足しにはならないが、心の足しになる。皆さんに喜んでもらうために全身全霊をかける、それがエンターテイナーとしての一期一会」など、役者論も展開した。

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  1. これはこうやって飛ばすんよ

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