海防艦戦死者の石碑に髙松艦長の名も

 戦争末期の昭和20年7月28日、由良湾に停泊中、米軍機編隊の猛攻撃を受けて炎上、沈没した第30号海防艦に関し、その17日前の戦闘で初代艦長松弥四郎少佐が負傷、のちに戦死していたことが新たに判明。沈没現場近くにある戦死者名を刻んだ石碑には名前がなく、海防艦の戦闘に関する調査を続けてきた由良町大引、和歌山室内管弦楽団指揮・音楽監督中西忠氏(83)らによって名前が刻まれることになった。
 中西さんによると、昭和20年7月10日、由良湾では紀伊防備隊主催のボートこぎ大会が開かれ、これに参加して優勝した第30号海防艦チームは午後から甲板上で祝勝会を開いた。このとき、由良湾の上空を3機の敵爆撃機(B24)が通過し、海防艦は高角砲を放った。敵機に命中はしなかったが、これがやぶへびの「運命の一発」、相手に自ら居所を教える形となり、翌11日朝には当時最新鋭のP51ムスタング3機が襲来。第30号海防艦と激しい戦闘となり、乗組員12人が戦死、二十数人が負傷した。このとき、負傷者の中にかぞえられていた髙松艦長はのちに死亡し、後任艦長として楠見直俊中佐が着任。楠見艦長は艦が沈没した28日の戦闘で100人近い乗組員とともに死亡した。
 中西さんは昭和20年当時、旧制日高中学校(現日高高校)の2年生で、7月11日と28日の戦闘も身近で恐怖を感じた。これまで12人が亡くなった戦闘は7月10日とされ、自身の記憶や目撃者からの聞き取り結果と合わなかったが、昨年夏に出会った元乗組員大野一富さん(87)=寝屋川市=の証言やことし夏に毎日放送テレビの取材を受けた際に見た米軍戦闘機のガンカメラ映像などから、12人が犠牲になったのは運命の一発の翌日の11日だったことが裏付けられたという。
 第30号海防艦は昭和19年6月の竣工から松少佐が艦長を務め、沖縄や台湾近海で船団護衛中に無数の敵機、潜水艦にも襲われながら、20年7月11日より以前の戦死者はわずかに十数人。中西さんは「第30号海防艦はよほど戦闘能力、敵から身をかわす航行能力が優れていたと思われ、髙松艦長の指揮、統率力の高さに感服します。7月11日の前には、大引の山にあった火薬庫を狙ったとみられる爆撃もあり、もし火薬庫に当たっていれば大引の村は壊滅的な被害を受けていたはず。そうした状況のなか、敵に敢然と立ち向かい、祖国防衛のため戦い、亡くなられた髙松艦長のお名前が石碑に刻まれていないのは、これほどの失礼はないと思います」といい、供養塔と周辺の清掃ボランティアを続けている阪元昭良さん(80)の協力も受け、29日、町内の石材店の手で戦死者名簿の石碑に名前を刻んでもらうことになった。

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